2014年3月26日水曜日

フィギュアスケートに思うこと

世界フィギュアスケート選手権が始まり、
ソチ五輪に続いて、日本選手の活躍に期待が高まっている。

フィギュアスケートは、自分では数えるほどしかやったことはないが、
縁あって国際大会での通訳を10年あまり務めたことがある。
ルールブックを隅々まで読み、ビデオを繰り返し見て勉強して臨んだ初年は、
まだパソコンも使われていないころで、レリースの英訳タイプ打ちもしたし、
同時に開かれていたISUセミナーの資料も作ったり、ずいぶん勉強させてもらった。
東西冷戦構造の時代、東側の選手が文字通り命懸けでやっている姿も
強く印象に残っている。

そして、伊藤みどりが女子で初めてトリプルアクセルを成功させ、
カナダのカート・ブラウニングが世界で初めて4回転ジャンプに成功し、
これからはジャンプの時代、と言われるようになった。

ほかのスポーツに比べて、芸術性のウェイトが大きかったフィギュアだけれど、
そういう人たちを前に「フィギュアはスポーツなんだ!」と言わんばかりに
アクセルを決めるみどりの姿は、とても頼もしく、誇らしかった。

  みどりの功績は、日本でのフィギュアスケートの大衆化の面でも記憶されるべきだ。
  それまでは、スケートに親しんでいる人もホッケーやスピードが中心で、
  フィギュアは限られた人のものだったし、一般の関心も決して高くなかった。
  
   それでも、アイスショーなど見慣れた東京のお客さんより、
    ホッケーやスピードに馴染んだ北海道のお客さんのほうが、スケートの見方は良く知っていた。
  
  某地方都市で新しくできた施設の杮落としとして大会をやったとき、
  シャトルバスに乗り遅れたロシアのコーチがタクシーで会場入りしようとしたが、
  運転手が会場の名前を知らず(新しいから?)、フィギュアスケートと言ってもわからず、
  「Midori Ito!」と言ったらちゃんと連れてきてくれた、というのは本当の話だ。

みどりに続いてアクセルに挑戦する女子選手は限られたものの
その後女子は、3回転の精度が上がり、アクセル以外の種類はみんなこなすようになったし、
男子では4回転がマストの時代になったのだから、
確かにフィギュアスケートは技術的に進歩したと言えると思う。

ソルトレーク五輪でのスキャンダルをきっかけにルールが改正され、
どの技術がどう評価されているか、見る方にもわかりやすくなったし、
選手もどうやって点を取るのか、目指しやすくなったことも、技術の進歩につながったのだろう。

しかし、正直言って今の採点方式になってから、フィギュアスケートはつまらなくなった。
フィギュアスケートだからできる表現というものの評価が
採点がわかりにくいからという理由で軽視されているように見えてしまう。

かろうじて3種類しか3回転ジャンプを飛べなかったカタリーナ・ビットだけれど、
彼女の「カルメン」に勝る「カルメン」を私はまだ見たことがないし、
ベステミアノバ=ブーキン、ウソワ=ズーリン、クリモア=ポノマレンコらの
ロシア(ソ連)勢や、フランスのデシュネー兄妹のように、
ルールすれすれあるいは違反のテクニックを使用しながら
それがアクロバットではなく芸術的必然性からであると認められ、
ルールのほうが変えられてきた、そういうプログラムは、
今の競技会では見ることはできないだろう。

芸術性の話をすると、そんなのはスポーツではない、
むしろフィギュアスケートを競技からはずすべきだ、と言う人もいる。
 それなら、カーリングは頭脳ゲームじゃないか
しかし、フィギュアで用いられる芸術表現は、フィギュアスケートを履いているからこそ
可能な表現であり、従ってフィギュアスケートというスポーツの一部分をなしている。
その部分について、継承されていかないのは大きな損失ではないのか、と思うのだ。

いや、こんなことは私が言わなくても、
長年フィギュアスケートに関わってきた人たちはみんなわかっていることだ。
きっとんまた良い方向に、変化し進化していくことだろう。

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