2013年7月28日日曜日

オルケスタYOKOHAMA 友の会スペシャルライブ 飯泉昌宏X専光秀紀

夫が参加していたタンゴ楽団、「オルケスタYOKOHAMA」の現メンバーである
ギタリスト飯泉昌宏さんとヴァイオリニスト専光秀紀君のデュオによるライブが
オルケスタの本拠地、横浜の三田教育研究所ホール「タンゴの家」であった。

  


土日はヘルパーさんや看護師が来る予定はないので、長時間の外出は避けているのだが、
この会場は地元で近いこともあり、夫が
ちゃんと聞いてきて欲しい
というので出かけてきた。

友の会の皆さんは、オールドタンゴファンが中心だが、今日は幾分若いお客さんの姿も。
三田塾ホールの席はほぼ満席の盛況だった。

タンゴというとオルケスタやコンフントの編成が主流と思われるかもしれないが、
もともと娼館で男たちが待つ間に生まれてきた音楽、
ギターやヴァイオリン、フルートと言ったポータブルな楽器のソロやデュオがその始まりだ。
だからこのデュオは、いわば「原点回帰」(飯泉&専光談)のスタイルなのだ。

プログラムは古典タンゴからピアソラまで、オリジナルやアルゼンチンサンバの曲も含め、
ヴァラエティに富んでいて、飯泉さんのMCも、曲や作曲者について過不足ない説明で
とてもわかりやすく、楽しめた。

出だしのUna Noche de Garufa、El Chocloあたりは、もう少しギターの低音が欲しい感じだったが、
プログラムが進むにつれ、二人のやり取りも面白くなっていった。

一番印象に残ったのは、ピアソラのEscualo。
ヴァイオリン超絶技巧の曲だが、専光君のまったく無駄のない弓遣いから繰り出される
音の正確さと安定感が素晴らしかった。

これまで多くの楽曲をギターのために編曲し、自ら録音してきた飯泉さんの音作りも、
奇をてらわず、あるべき音をキチンと立たせていて、安心して聴くことができた。

暑い午後だったけど、「タンゴの家」でいい音に浸ることができて英気を養えた。


さて、このデュオ、10月27日(日)14:30から
今度は飯泉さんの地元のさいたま市民会館うらわでライブを行う予定。

また、11月10日(日)には、
この秋横浜で行われる「横濱音祭り2013」の連携イベントとして
オルケスタYOKOHAMAとそれを母体にして生まれたユニットが出演する
「港横浜タンゴフェスティバル」に、平田耕治クワルテート、Mentao と共に参加する。
こちらは横浜市開港記念会館で13:00から。

乞ご来場!

2013年7月24日水曜日

我が家の猫物語(14)困った人々

前回のつづきです)

家の中は、一見何もなかったように見えたが、
プロの泥棒は、物色した痕を残さず貴重品だけ持っていくというから、
細かく見てみなければわからない。

一見してわかったのは、
 1)4個の猫トイレの置き方が間違っていて、内1個の入り口が塞がるように置かれている
 2)猫砂は紙なので袋の口を紐で縛って湿気が入らないようにしているのだが、
  その紐は、はらり、とひと巻きしてあるだけ
 3)カリカリの袋の口も、プラスチックの留め具で閉じているのに、ひょいとかけてあるだけ

何もちゃんと出来ていないじゃないか!!

そうこうするうちに、シッターAが打ち合わせ時にも同行したMさんとやってくる。
Mさんは、以前から知っていた人だし信頼していたので、専らMさんに話す。
「Mさ~ん、これどういうことよ~」

上記3点は見ての通り、Mさんも、「これではだめね」とAに言う。
勝手口を開け放して帰ってしまったことについては、
「私もそれでいいのかと思いましたが、換気のために窓を開けて帰ったりすることは
他のお宅でもあるので・・・」
「全然違うでしょう!少しでも変だと思ったら、確認すべきじゃないんですか?」
「おっしゃる通りですが・・・盗難とかはなかったんですよね?」
「さっき帰ってきたばかりで、まだ調べてませんよ!」

私が個別の事柄について、かなりきつい口調で文句を言った後、
夫が、彼らのやっていることが、如何に職業倫理に欠けているかを淡々と説く。
さすがお役人である。事務的な口調が、かえってコワイ。
こいつが敵じゃなくてよかった
と思うのはこういう時だ。

とにかく、としを逃がしたこと、
仕事がきちんとできていなかったこと、
家を無用心な状態にしたことについて
どう責任をとるのか、示すように言って二人を帰す。

その後、社長の女性とも電話で同じ様なやりとりを繰り返す。
こちらは、相手が事業体としてどう責任を取るつもりなのか、
こういう場合どういうポリシーを持っているのか、
を聞きたいわけなのだが、

 起きたことは申し訳ない
 損害があれば弁償します←なにそれ、弁償すればそれでいいの?
 とし君はおうちの近くにいることが確認できているので←どこに?私は見てないよ
 責任を持って見つけます←どうやって?

などと言うばかり。
としが帰って来なかったら、チラシを作るなどの手段を講じる用意があるのか、ないのか、
なければ、どうするつもりなのか、と言った具体的な台詞が出てこないのだ。
挨拶ぐらいしに来るかとも思ったが、それもなかった。

その夜、結局としは戻って来なかった。

翌朝、起きてしばらくしてとしが戻ってきた。
掃きだし窓の方からいったん入ろうとしたのに、
勝手口に回ってしまい、そっちにはみいみちゃんと弁慶がいて、
彼らを入れずにとしを入れるのに苦労したが、何とか成功。

ア○ールにも知らせなければ、と、営業開始の10時になるのを待って電話すると、
なんとまだ留守電。呆れて開いた口が塞がらない。

20分ほどして、社長から電話が入った。

「あ、さっき電話したんですよ」
と言えば、「ご用件は」と聞くのが礼儀だろう。ところがこのひとは、
「緊急連絡のために、わたくしの携帯の番号をご連絡しようと思いまして~」と言う。

「その必要はないと思うんですけど」
と言えば、「あら、どうしてですか」と普通は言うだろうが、このひとは、
「それで、としくんのお写真をお借りしたいと思いまして~」と言う。

「あんた、バカか」と言いたいのをぐっとこらえ、
「さっきお電話したのはですね、としが戻ってきたからですよ!」
と言って、やっと事の次第を呑み込んだようす。疲れる・・・

ともかく、起きたこと、したことについてどう責任をとるつもりなのか、
整理して改めて連絡するように言って電話を切る。

としは怪我はしていなかったが、尿の出が悪いようだったので、翌日病院へ。
結石も膀胱の腫れもみられないので、ストレスだろうから、
消炎剤の注射と抗生剤の飲み薬で様子を見ることに。
これではまだ、一件落着とはいかないな、と思う。
今回のことで病気になったとしたら、どこまで補償を求めるべきなのだろう。

夕方、近所の花屋から、
ア○ールから花を届けたいので在宅時間を知らせて欲しい、
という留守電が入る。
花?しかも、近所なのに、自分でじゃなくて届けさせる?
なにそれ?
花屋に電話して、受け取る理由がないので断る、と言うと、
花屋の兄さん、ククッと笑いをかみ殺していた。

(つづく)

2013年7月21日日曜日

Reading e-books on iPad mini     続・iPad miniで電子書籍を読む

(日本語は後半にあります)

I've been looking for English titles to puchase at iBooks store,
but couldn't find the kind of books I'd like to read.

Then, I came across a blog entry talking about using Kindle on iPad.
I didn't have time to check out if I can do the same on iPad mini,
so asked my husband to check it out for me while I was out.
He came back to tell me that I can use Kindle by downloading an application
and registering my iPad mini on Amazon.

Did that, and, Wow, I could purchase my favorite writer's books
at about one-third the price of a paper book!

I know I don't have much time for pleasure reading nowadays,
but buying e-books and having to leave them untouched makes me feel less guilty
than piling up paperbacks on my desk.

E-books, yes, I do think they're great invention.


以前 iPad miniで電子書籍を読む ことについて書いた。

その後、洋書も取り入れようとiBooksのストアをいろいろ検索してみたが、
なかなか好みの作品に当たらない。
何かの折に、どこかのブログで iPadでKindleを使う、という記事があって、
これって、iPad miniでもできるのかなあ、と夫につぶやいたら、
アプリをダウンロードしてAmazonで登録すれば使えるよ、
と調べて教えてくれた。

早速アプリをダウンロード、AmazonのKindleサイトを覗くと、
大好きな作家のまだ読んでいないタイトルが既に電子化されて、
紙の本を買うのの3分の1位の値段で買えることが分かった!

当面読む時間はないけれど、紙の本を積読よりは、iPad miniの中に収まっている方が
罪の意識は少なくて済むというものだ。
ぽちっとしたのは言うまでもない。

2013年7月14日日曜日

我が家の猫物語(13)事件発生

福岡に着いた翌日の日曜日、土砂降りの中南小倉バプテスト教会に出席。
事前に何も知らせていなかったので、たにもとさん、
「なんでこいつらがここにおんねん?」とばかりにきょとん。
それを狙っていた私たちは大満足。(ごめんなさい)
TLFのブエノスツアーから帰国したばかりだったので、
土産話満載の楽しい説教を聞き、礼拝後にはドゥルセデレチェ風味のオレオを頂いて
また、夜ティエンポで会うことを約して博多に戻る。

夕方、ホテルで一休みしてティエンポに出かけよう、という時、私の携帯が鳴った。

「ア○ールの△△ですが」(ペットシッターである)
「はい」
「としちゃんは、いつもはどこにいますか?」
「え?どこって、いつもは側に来るけど。
 じっとしてるとすれば箱の中とか、ソファの上とか?」
「ちょっと姿が見えないので」
「あなた、外に逃がしたの?」
「いえ、逃がしてないです」
「あなたが出さなきゃ他に出す人いないんだから、家の中にいるでしょ。
知らない人が来たんで隠れるとすれば、ベッドやソファの後ろだろうから、
よく見てみて。」
「わかりました。」

外に出てしまったのだろうか、いや、出していないと言うからには違うのだろう、
でも。。。

とにかく、携帯がいつ鳴ってもいいように気にしながら、ティエンポのミロンガを楽しみ、、
TLF、徹さんと一緒に海鮮丼やらごまさばやら、おいしいものを食べて、打ち上げ。
その間も携帯は鳴らなかった。

ケイトさんの車でホテルまで送っていただき、部屋に帰ると、
携帯がない。
ホテル玄関から部屋までの足取りをなぞるが、ない。
店では持っていたので、店に電話してみるが、ない、と言う。
とすると、車の中か?
先ほど徹さんを降ろしたホテルの電話番号を電話帳で調べて、夫にかけてもらい、
徹さんからたにもとさんの携帯番号を教えてもらってかける。
車の中を探してもらうと、あった!
お手数だが宅急便で送って頂くようお願いする。<m(__)m>

ア○ールにも、今後の連絡は夫の携帯にするようにと、留守電にメッセージを入れ、
ようやくベッドに入った。

翌朝、夫の携帯に電話が入る。
やはり、としは外に逃げていたというのだ
夜中もずっと確認していたけれど、家には入って来ようとしない状態。
それでは、他の二匹を廊下の方に閉め出しておいて、
勝手口を開け放して入ってくるのを待ってみるようにしてはどうか、
と言って電話を切る。

昼ごろ、また連絡があり、やはり入って来ない、という。
たぶん、知らない人がいるので入りにくいのだろうと思い、私たちも夕方には帰るので、
いつまでもシッターさんがそこにいても仕方がないから、としはそのままで、
ごはんだけ食べられるように外に出して、帰ってください、と言って電話を切る。

家の外には母猫もいるし、としは臆病なので通りに出て車にはねられたりしないだろうから、
危なくはないだろうけれど、参ったなあ、と思いながら帰路についた。

夕方帰宅すると、勝手口の戸が半開きになっている
あれ?帰っていいって言ったのに、待っててくれたのかな。
玄関を入っても誰も出てこない。あれれ
二階からさのすけとシズカが降りてくる。え?
LDKへの扉が閉まっている!ええっ??

としをおびき寄せるために勝手口を開放し、
そこから他の子が出ないようにLDKへの扉を閉めておく、
というのは、あくまで短時間の措置で、
そのまま閉め出されていては、さのすけやシズカはキッチンに行けないので
ごはんも水も摂れないしトイレにもいけないのに!
(おかげで2階の寝室の床が惨憺たる有様に)

第一、勝手口開けっ放しじゃあ、としが入ってきたって、また出て行くだけだし、
他の猫も出入り自由、

泥棒さんも出入り自由じゃないかあああ
私が家の電話で事務所に電話する間、
夫は自分の携帯に残っている番号から担当者の携帯にかけている。
「すぐ来い。一人で来るな。責任者を連れて来い。」


(つづく)

2013年7月8日月曜日

我が家の猫物語(12)3匹生活

突然飛び込んできた静を加えて、3匹となった我が家の猫たち。
  

  

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
同じ親から生まれた1歳違いなのだからか、どちらかが凶暴にどちらかをいじめる、
というようなこともなく、3匹生活がスタートしたが、 平穏無事だったわけでもない。
    

  
  













ワクチン接種のため静を動物病院に連れて行くと、幾つも寄生虫を飼っていることが判明。
他の2匹もトイレを共有しているので、うつっている可能性があり全員に虫下しを飲ませることに。 その後虫がいなくなったことを確認するために検便もしなければならず、
一週間ほど(?)大変だった。

トイレも問題になった。

としとさのすけだけの時は、トイレは2個で、3匹でもそのままいけるかと思っていたが、
としやさのすけがトイレに入っていると、静が覗き込むので(エッチ!)、
さのすけがこれを嫌い、トイレ以外の場所でするようになってしまったのだ。
すぐに1個増やしたものの、事態は改善せず、インターネットなどで調べると、
多頭飼いの場合は「頭数+1」が望ましいとあり、
キッチンに置ける限界の4個設置することになった。

キッチンの床の半分は猫トイレに占拠され、さのすけは便秘癖がついたため、
カリカリにふかし芋をトッピングしたり、いろいろ苦労した。

水溶性繊維の入った療法食とオリゴ糖配合のウェット、さらに猫草サプリで
最近は排便がスムーズになったものの、トイレが汚れているとすぐ床でしてしまう癖は直らない。


    
  













としとさのすけが視覚障害猫なのに対し、静は目に問題はない上、おてんば盛り。
兄貴たちが絶対にしなかった、テーブルやキッチン・カウンターに飛び乗って物を落とす、
といういたずらを盛んにしてくれた。

朝階下に降りてくると、

ダイニング・テーブルの周りに塩と胡椒がばら撒かれていたり
急須が割られていたり、愛用のボールペンがおもちゃになっていたり。
それも、人がいないときにやるのだから、いけないとわかっているのだろう。
キッチンの棚に置いていたフリ○キーの袋がかじられるに至って、
猫餌は別の部屋に隔離されることとなった。

  今でも夜中に高いところに上がってはパトロールしているらしく、
  昨日まではなかったものが置いてあると、間違いなく床に落としている。

  さらには、夫の目の前でキッチンの調理台に飛び乗り、カウンターを飛び越える、
  を繰り返しているらしい。

そんな生活も徐々に落ち着いてきた2006年6月、私たちは
齋藤徹さんとトリオ・ロス・ファンダンゴスの共演を聞くために、福岡に出かけることにした。
ティエンポのミロンガでの演奏は日曜日の夜。
土曜の晩に福岡入りし、日曜の朝はたにもとさんの教会に行き、
夜ミロンガの後もう一泊して帰れるよう、月曜は休みをとった。

ブエノス旅行を含めて3回ペットシッターをお願いしていた家事サービスの会社に連絡すると、
ペットシッター部門を新たに設けたので、来てくれる人が替わり、料金体系も変わった、 という。
打ち合わせにみえたのは、二十歳そこそこのお嬢さん。一抹の不安がよぎるが、
同行した責任者は以前と同じ方だったし、細かく指示を与えていたので、

このままお願いすることにする。

その数日前から、としがなんとなく落ち着きをなくしていて
外に出ようとする様子が見られたので、
もともと外にいた子なので心配はないが、留守の間なので

出ないように扉の開け閉めには注意して、 とお願いし、
私たちは福岡に飛んだ。

(つづく)

2013年7月4日木曜日

幸か不幸か

去年夫が難病のALSと診断されて間もない頃、そのことをある友人に話したところ

「なにかできることがあったら言ってね。
 グチならいつでも聞くから。」

と言われた。
ふーん、それtって、私は今、グチらなきゃいけない状況だってこと?
なんか、違うけど。
 
別の友人はこう。

「大変だと思うけど、時には気晴らしも必要だから、お茶しましょうね。」

気晴らしって・・・私は気が滅入ってるはずってこと?違うけど。


そういうことが何度か繰り返されるうちに思い至った。
そうか、みんな、「病気=不幸」だと思っているのか!
なるほどね、だとすれば愚痴も出るだろうし、不幸な生活から目をそらしたいこともあるかもね。
 
でも、私も夫も、「病気」は「病気」であって、「元気」でないかもしれないけど、
「不幸」だとも思っていないので、「病気=不幸」と思う人とはそもそもの前提が違っていて
話がかみ合わなかったのだ。

こういうことを言う人に限って、その後積極的に連絡をしてくることもなく、
なんだかなあ、普通に話できないのかなあ、そう思うのは変なのかなあ、
と思っていたとき、。
「モリー先生との火曜日」という本の中のフレーズに目が留まった。
 

  「モリー先生との火曜日」はALSになった大学教授の元に
  かつての教え子(ジャーナリスト)が通って、「最後の授業」を受ける
  というノンフィクションで、90年代大ベストセラーになった。
  私はこの本のことは知っていたが、読んだのは夫がびALSになってからだ。

私がアメリカに住んでいた時周りにいた人々はそうではなかったので気づかなかったのだが、
「モリー先生」を読んでみると、アメリカでも大概の人が、病気を「不幸」ととらえ、
患者は社会からフェードアウトするだけの人、とみなして、離れていく人が多く
モリー先生の周辺も例外ではなかったことが分かる。
それに対してモリー先生はこう言う。

 本当に心にかけているなら、
普通に話しかけたり訪ねたりするはずだ。

だよね、だよね、だよね!
わが意を得たり、だった。

 
確かにこの病気は身体が動かなくなっていくから、今までできたことができなくなる。
それはそれでもちろん大変なのだけれど、原因不明の病気について、
「どうしてこんなことに」と嘆いても始まらないし、
医学が進歩しても、10万人に2人乃至3人、という出現率が変化していない、
ということは、この病気はこの世界に必ず存在しているもので、それがたまたま夫にあたった、
というだけのことだ。(まあ、それよりジャンボくじに当たってみたいものではあるが。)


そもそも「生きる」とは「死に向かって一歩一歩近づいていく」ことであり、
「その日その時を、ただ、神が知る」ということは、誰にとっても平等な真実だ。
病気になったからと言って、この真実が変わるわけでもなく、
その意味で私たちは以前と変わらず、この真実を見つめながら普通に暮らしている。
そんな様子を見て理解に苦しむ人もいるみたいだけど、
同じように普通に暮らしている人たちはいて、普通に、話しかけたり訪ねたりしてくれるから、
「病気=不幸」と思ってる人たちの方が、もしかすると「不幸」かもしれない、と思ったりする。