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2018年2月18日日曜日

そのとき

2月10日 夫が召天した。

ALSの人が突然の呼吸困難に襲われ、、、というのは聞いていたから
この病気になってからというもの、いつ「そのとき」が来てもおかしくない
と思う反面、特に去年は秋口くらいまでは落ち着いていたから
このまま頑張っていれば、そのうち治療法も見つかる、くらいに思っていて、
正直ちょっと油断していた。

先月末から発熱や痛みなど炎症を示す症状が出ていて
抗生剤や解熱剤を使ってある程度コントロールができていたのだけど
3日前に私がインフルエンザになってしまい、
高熱ではないもののきめ細かく気配りしてやることができずにいたら、
朝、冷たくなっていた。

え、うそ、やだ、と名前を呼ぶと
もうしっかりと神様の腕に抱かれて私の手の届かないところから
「ダメじゃん」
と声がした。

そうだね、肝心のところで失敗したね。ごめんね。

前の晩、いらないといったけど解熱剤を入れていれば。
朝方様子を見たとき、眠っているのを起こさないようにとそのままにせず
身体に触れて体温測ったり、吸引の調子を確認しておけば。
その後また目が覚めたとき、なんか呼ばれたような気がしたのに起き上がれず、
ぐずぐずしていなければ。

いくつも思い浮かぶことはあって、その一つでもやり直すことができたなら、
と思ったりもしたけれど、
人の命のことをどうにか出来たと思うのは傲慢なのだ。

「わたし、失敗しないので」の大門美知子じゃないけど、
私は自分が失敗しないように気をつけている人で、
それは能力が高いとかそういうことではなく、
自分の力量の範囲しか手を出さないことで失敗する状況を避けてきたのだけど、
それじゃあやっぱり失敗はするのだ、と。
そんなダメな自分として、カッコつけないで生きなさいよ、と言われたようで、
悲しみや寂しさより、「がっかり」に支配されて数日間過ごした。

16日前夜式、17日告別式のスケジュールが決まり、
ここは失敗しないようにがんばろう、と心に決め、
夫と約束していたことを実現し、話し合っていなかったことは熟慮して計画した。

前夜式で思い出を語ってもらう方には、
夫の子供時代をよく知っている牧師さんと
オルケスタYOKOHAMA前身のSiete de Oro タンゴ楽団時代の話を
当時のメンバーで音楽評論家の斎藤充正さんに(強引に)お願い。

トリオ・ロス・ファンダンゴスの谷本さんに牧師として関わってもらえたら、
と密かに以前から思っていたので問い合わせてみると、
不思議と17日がぽっかりとスケジュールが空いていて
「行きます!」と即答してくれた。
オルケスタYOKOHAMA出身のバンドネオン奏者、平田耕治くんも
「来られたら一曲弾いてくれる?」と聞いたら
「行けます。一曲大丈夫です」との返事。
おかげでとても、とてもよい葬送になった。

神様、すごいな。

葬儀当日は、ほぼ思い通りにことが運んでいることになんだか顔がほころんでしまって、
みんなが沈痛な中で私がにやにやしているわけにもいかず、ちょっと困った。

夫が休職してから5年半、退職してからも3年たっているのに、
両日とも県の職員の方が大勢参列してくださった。
この人たちみんなの中にも、夫は生きているのだと思うと嬉しかった。

いつ「そのとき」が来てもおかしくない、という緊張から解放された上に、
具体的にやらなければならないことが一気になくなってしまい、
毎日入れ代わり立ち代わり他人が家に入ってくることもなくなり、
急に静かで、穏やかで、暇な時間が過ぎている。

明日は医療機器と介護機器が撤収されるので
新たな暮らしのリズムをゆるゆると作りつつ
諸々の手続きに取り掛かろうと思う。

2017年12月27日水曜日

今年を振り返る

どうもこの時期は年末でばたばたするのか、ブログが放置されるようだ。
去年もこんなことを書いていた。

今日は、このひと月、ではなく、ブログに書かなかったことを中心に今年の振り返りを。

まず年初から春までは、さのすけの入院・手術があった。
おかげさまで、以降さのすけは元気いっぱい、ご飯を食べる量も増え、
体も一回り大きく。巨大結腸による便秘は相変わらずなので、
冷房を使う夏、そしてこの寒い時期はたびたび病院のお世話になるものの、
心配事は少なくなった。

夫の体調も、たびたび感染症を起こすこともなく落ち着いていたので、
ここ数年放置していた家の中のことがらに、少しずつ目が行くようになり、
6月には自宅1階トイレを改修した。
以前から水がきちんと止まっていなくて、他の水回りの修理を頼んだ時に見てもらったら、
これは型が特殊なのでメーカーに頼まないとダメ、と言われ、
それならリフォームしてしまおう、ということになった。
幸い、うちのすぐ近くに施工業者が見つかり、主にメーカー請負工事をしているので
中間の費用がない分安くやってもらえてよかった。

7月には夫の主治医が交代した。
今までのDrより診ている人数が多いのか、既に伝えた基本情報(ナースが入るスケジュールとか)を全然覚えてくれず、毎度確認されたりして、なんだか心配になることもあるし、緊急時のオンコールも、最初でたのがナースだともう一往復しないと話が先に進まなかったりと、困ったこともあるのだけれど、半年経ってようやく慣れてきたかな。

この夏は、雷が多かった。
去年、家庭用蓄電池を設置して停電時に呼吸器の電源が落ちる心配がなくなり、
雷の中でも落ち着いて過ごすことができた。
実際一度は短時間ながら停電が起き、ちゃんと切り替わることが確認できた。
 (その後の復旧手順を私が聞き逃していたため、翌日電器屋さんに来てもらうことになったけど。
 でも、そのおかげで、蓄電池からの給電が呼吸器のコンセントだけになっていることがわかり、
 部屋の夫のいる側全体に設定し直してもらうことができたのだった。)

それはよかったのだけど、雷のあと、夫のステレオシステムが鳴らなくなった。
正確には、高音のスピーカーしか鳴らなくなった。
ラックの裏は人が入るスペースはなく、ケーブルが重なっていて手前に引き出すのも難しいため、空いている段を引き抜いてそこから自動車修理工のように仰向けに潜り込み、ケーブルをたぐったり抜き差ししたり、夫に聞きながらなんとかスピーカーは無事、低音と中音のアンプがダメなことを確認。更新するものを注文し、でも届いたらケーブルが入ってない、とか、修理に出すアンプがめちゃ重くて難儀したり、いろいろ大変だったけど、なんとか完了。実はかなり以前から、左側の音が鳴らないことが多かったこのステレオ、今回直してすっかりいい音を取り戻したのだった。ああ、ピアノの音がピアノの形に聞こえる・・・ 少し前に、CDプレーヤーも新しいものに替えていたので、音楽を聴く環境はこれで著しく改善した。

あとは、シズカがバリバリにしてしまった、一番大きいスピーカーの前面カバーの張替えをしたいところなのだけど、買ったお店では対応しておらず、自分で生地を買って張り替えたくても、木枠にホッチキスを打ち込んで止める、などという工作はしたことがないので、さてどうしたものか。どこかからお助けが来ないかなあ。

そして、私としてはこれが今年一番のハイライトなのだけれど、
夏の終わりにKindle Paperwhiteを手に入れた。
今までも、手元に取って置くほどでもないけれど読みたい本は、スマホやiPadで読むために電子版を購入していたのだけど、やはり目が疲れるのであまり読まずに積ん読ならぬ溜め読状態だった。それが、このPaperwhiteは、ついいまどきの言い方で「やばい」と言ってしまいたくなる良さで、溜めておいたものがどんどん読めるようになった。(とはいえClifton Chronicle 7巻は長いよ~)寝る前に読んでもブルーライトの影響がないのが特に良い。軽くてバッグにぽんと入るし、メガネを忘れたら字を大きくすればいいし、買って本当によかったと思っている。

夫を長時間一人にしておけないので、週末や夜のお出かけは難しく、従ってミロンガやライブはとんとご無沙汰だ。レッスンだけはいつも早退ながら、今年後半はなんとか月1は行くことができた。日頃のコンディショニング不足を痛感するだけに終わってしまっているけれど。

来年はどんな年になるのか、社会や国の動きを見る限り、さっぱり良い兆しは見えないのだけれど、今年かなりの進展を見たiPS細胞を使った難病治療の研究が、さらに飛躍的に進んでくれることを願ってやまない。




2017年9月8日金曜日

対話

dialogue 「対話」と訳されるこの言葉は、元をたどると「横切って」+「話す」というところから、主に二人あるいは二つの集団の間でやりとりする、という意味に使われるようになった言葉だ。

これに「一人で」を意味する solo を付けて、"Solo Dialogues"と銘打ったライブを続けているのが、タンゴのTrio Los Fandangosでヴァイオリンを弾いいている谷本仰だ。今の時代、対話が失われているのではないか、という思いから始まったライブは、演奏家だけでなく演技者やダンサーなどいろいろな人との対話とともに、谷本仰自身の中での対話やその「場」との対話の表現として続けられてきたものと聞いている。

Solo と Dialogue とは矛盾するように聞こえるが、そもそも谷本さんはタンゴだけでなくロックやジャズや即興や劇音や教会音楽や、いろんなところでヴァイオリンを弾いているし、歌うたいでもあるし、牧師だし、ホームレス支援活動者だし、音楽療法士だし、5人の子の父親だし、他にもあれやこれやいろいろ、それらの「対話」が音になったらと思うと、仕事の自分とそうでない自分くらいしかない我が身に比べたらどんなに多彩かとわくわくするではないか。

以前出た1枚目のCDを聞いたとき、多重録音ではなくライブ同様に演奏したものを録音したのだと聞いて、いったいどうやったらこんなふうにできるのか、一度見てみたいと思っていた。このたび出来たての2枚目のCDをひっさげて、関東での"Solo Dialogues"ツアーをするというので、横濱エアジンでのライブに行ってきた。
   

用意されたしかけはこんな感じ。
  
これらを素足で器用に操作して、先に弾いた音を残したり繰り返したり、効果音を被せたりしながら、エレクトリックとアコースティックのVnを持ち替えながら、ときには「今一番お気に入りの楽器=泡立て器(!)」を奏でての即興演奏。一人なのに、ヴァイオリン(泡立て器)一本なのに、分厚い音の渦。
音の面白さは確かにあったけれど、それ以上にやはり、そこに投げ出された谷本仰という存在が温かく、愛おしく、会えてよかった、神様ありがとう、という思いが満ちてくる時間だった。

即興以外にもAmazing Grace や演劇のために作られた自作曲など、私は家庭の事情で前半しか聞けなかったけど、秋の初めの夜にふさわしいライブだった。

対話といえば・・・
NHKの夏休み編成の中で、健常者と障害者がガチで対話するという番組があった。NHKはEテレでバリバラ=バリアフリーバラエティという番組をやっていて、この番組は某民放の24時間ナンタラの裏を出演した障害者自らが告発したことでちょっと話題になったりもしたのだが、今回の番組は総合テレビの方でバリバラのレギュラーの人も入って、健常者がこんなところで障害者のことを勘違いしているよ、と対話を通じて気づくような企画だった。


ゲストのタレントたちが、普段は障害者に聞きにくい、聞いては失礼だろうか、と思っているような質問をして、それに対して障害者の人たちがストレートに答え、やりとりしていくのがとても興味深かった。
その中で浮き彫りになったことの一つが、多くの健常者が障害をネガティブにしか捉えていない、ということだ。つまり、障害は不幸、あるのはよくない、と決めつけているのだ。そして、障害者は言うのだ、「障害は不便だけど、不幸じゃない。」


一番びっくりしたのは見えない人たちの以下のエピソードだ。
「見えなくても彼氏がイケメンとか関係ありますか?」
「もちろんですよ~ 彼氏がブサイクだったらやじゃないですか~」
「でも、わかるんですか?」
「わかりますよ、声で。」「わかるよね、ハゲとか」
!!
「ハゲがわかるんですか?」
「ええ。」「声が禿げてるもんね」「そうそう」
!!!
そして、ゲストの男性たちに一言ずつ発言してもらい、ハゲかどうか聞いてみると、彼女たちはことごとく正解したのだ!


見えない人たちは、私たちのようには見えていないけれど、見えている。
こういうことだって、対話してみれば、なあんだ、ってことなのに、話さないといつまでもミステリーで距離が縮まらず勘違いし合っていて、相手を思いやろうと思っても的外れになってしまったりするのだ。


対話といえば・・・
「対話と圧力」と言いながら、ICBMまで来てしまった某国との関係のこともあれこれ思うのだけれど、長くなるのでそれはまたの機会に。



2017年7月5日水曜日

主治医の交代

夫の主治医が7月から交代した。

事の発端は、胃瘻交換を担当していたもうひとりの医師が、市の医師会の理事に選出されたこと。

以前、胃瘻交換後内視鏡での確認が必要となったとき
これまでの主治医は、自分の手に余るので胃瘻交換だけ別の医師に依頼したのだった。
(この医師も訪問診療の経験が豊富なのでうちとしてはいつも自動的にセカンドオピニオンがもらえるありがたい環境にあった。)

ところがこの先生が忙しくなってうちに来るのが難しくなり、主治医も自分ではできないので、ほかの人にまた頼みたいところだけれど、本来1医療機関で行うべきことなので、この際交代したい、と言ってきたのが、6月15日。
うちとしては、毎月胃瘻交換のために入院するという選択肢は考えていないので、交代はやむを得ないとして、きちんと引き継いで頂けるなら、と了承した。

5日後、引き受けてくれる先生が見つかりました、とメールが来たのだが、幾つか問題が。
 1)場所が隣の隣の区で遠い。
   主治医は時間的には自分と変わらない、と言うが、
   私の実家の近くなので、時間的距離も心理的距離もこちらはちゃんとわかっている。
   首都高やバイパスに繋がる、なにかあれば渋滞必至の道路を通ってくることもわかっている。
   その上て、やっぱりこの距離は訪問診療を受けるにはちょっと、という感じだ。
 
 2)訪問時間が、こちらの都合と全く合っていない
   ちゃんと相談してあったのに、あれはなんだったんだ!

 3)胃瘻交換では内視鏡は使用しない。
   え?それってダブル・スタンダードじゃないですか。
   自分は内視鏡必要だからできないと言っていながら、やらない人に引き継いじゃうの?

 4)胃瘻のタイプを変更したい。
   今までの交換過程でいろいろ試しながら今の良い状態までこぎつけたのに、
   簡単に「うちはこれです」って変えちゃうわけ?


訪問医には、訪問看護師や介護ヘルパーなどほかのスタッフとも連携してもらわなければいけないので、その点で一番気になったのは上の(1)だ。今うちに入っている訪問看護ステーションの長でありケアマネも兼任しているOさんは、区内の診療所・医師事情に詳しいので、彼女の話を聞いてみたいところ。とりあえず、(2)(3)(4)について返信しておくことにした。


翌日Oさんが来たとき話してみると、まず、今回の交代の話自体、Oさんも事前に聞かされておらず、一斉メールで初めて知った、とちょっと不満そうだった。
そして、別の区のクリニックとの連携にはやはり不安があるし、区内でよさそうなところはいくつかあるという。

我々利用者からすれば、近いところから探すのが当たり前だが、どうも主治医は胃瘻のことが念頭にあってそちらの条件からクリニックを探したのではないか。近隣を当たってダメだった、というわけではないのではないか、という気がしてきたので、そこは率直に話してみようと思っていたら、先に主治医からメールが来た。

先の候補のクリニックは、訪問時間が合わないし内視鏡は使わないつもりなので、受けてもらえないことになりました、というもの。ああ、よかった。
そこで、Oさんが情報を持っているので、先生には先生のつながりもあるでしょうけれど、参考にしてみてください、とお願いしたのが6月22日。

そうすぐには決まらないかと思ったのだけれど、24日にはうちからかなり近いところにあるクリニックが引き受けてくれることになったと連絡があった。ただ、私が一度外来で出向かなければならず、指定された曜日で一番早く行けるのが30日。果たしてそれで7月から交代になるのか、次月になるのかわからなかったのだが、蓋を開けてみれば今度のクリニックの方では、もう7月から担当するつもりで日程も決めていた。今までの主治医の訪問予定とちょっとずれるので、その間に不足するであろう処方薬の手当や医材の在庫確認など、いろいろ相談することもあってけっこう時間はかかったけれど、話はとてもしやすい先生なので、これからもうまくやっていけるだろう。

翌日には一度様子を見に来るといって、予定の訪問日とは別に来宅し夫とも顔合わせすることができた。この機会に薬局も今度のクリニックに近いところに替えることにした。医師にしても薬局にしても、それぞれの慣れたやり方というものがあるから、これまでとは違うことも出てきたり、先方に変えてもらうこともあったりしてしばらくは調整期間になるだろうけど、急な話であったにもかかわらず、まずまずの形に収まっていきそうで安心した。



2017年5月7日日曜日

連休

今年の黄金週間はうちのあたりについて言えばずっと天気が良かった。
これだけ好天に恵まれたのは久しぶりのことのように思う。

もともと人ごみが好きではないので、祝日の外出はむしろ避けたい方なのだが、この時期はさすがに気候がいいので、連休が近づいてくるとなにかそれらしいことがしてみたいとも思うのだ。

祝日でもナースやヘルパーは普段通り来てくれるので、仕事が入っていない日は15時頃から21時頃まで外出できる。とはいっても、都内に出るなら、実際使える時間は16~20時くらいだかかなり中途半端な時間帯では、ある。

幸い5月3日は、恵比寿のラ・バルドッサで16:30~19:30という絶好の時間帯でミロンガがあったので大喜びで出かけた。ミロンガは普通20~23時くらいの開催だけれど、バルドッサは祝日にこういう企画をしてくれるので、昨秋も伺うことができた。ここでレッスンしたりしていたわけでもないのに、「ホーム」な感じで温かく迎えてくださるのでたまにしか行けなくても敷居が低くて嬉しい。たとえ知り合いが少なくても、踊っている人たちの幸せな表情を見て良い音楽に浸れれば十分なのだけど、行ってみれば案外顔見知りの方もいらしたし、週末の韓国選手権に出場する仲間たちを励ますひとときもあって楽しい時間になった。

5月4日は、東京国際フォーラムで開かれた「ラ・フォル・ジュルネ」に行ってきた。
このイベントはテレビでも度々紹介されているので知っていたけれど、これまでは行く機会がなかった。少し前にひょんなことからアコーディオン奏者のリシャール・ガリアーノがここに来るというのを聞いてタイムテーブルを調べてみたら、4日17:45~18:30という奇跡的に私が行ける時間だったので、残り数枚になっていたチケットの1枚をゲットしておいたのだ。せっかくだから、もう一本前の時間帯のコンサートも聞こうかとも思ったのだけど、イベント全体を楽しむ企画もあるようなので、今回は聞くのはガリアーノ1本にした。
16時前に会場に着くと、屋外の屋台村からいい匂いがしてくる。ケバブ、ソーセージ、カレー、焼きそばなどなどある中から、「エビパッポンカレー」をチョイス。思ったより辛くなくて美味しかった。
そのあと地下のホールEに降りると無料コンサートが始まっていた。席はもちろん埋まり大勢の立ち見。メキシコとコロンビアのアーティストによるフォルクローレ系の音楽だったのだけど、ああいうビートのある音楽をあまりに大勢の人が微動だにしないで聞いているのがなんだか居心地が悪くなったので、2曲半聞いてそこを離れ、周りに置かれた音楽関係企業のブースや物販コーナーを見て回る。実は私、こういう場所の物販コーナーを見るのが好きである。たいして珍しいものがあるわけではないとわかっていても、ひょっとすると気に入るものがあるかもしれない、とついつい端から端まで見てしまう。
  


Tシャツと少しお土産を買ったらレジで結構並んだので、トイレに寄ってホールCに入ったときはもう開演寸前!あまりにぎりぎりだったせいかプログラムをもらえなかったのだけど(周りの人が持っていたのでそういうものが配られていたと知る)、ピアソラ~ハチャトリアン~バッハ~ヴィヴァルディと知っている曲ばかりだったのでノープロブレム。口開けのピアソラのとき音が丸い感じで、3階席だからこんなものなのだろうか、と思っていたらあとになってもっとキレが良くなってきたので、PAの作りの問題だったよう。ホントはピアソラが一番とんがってて欲しかったんだけど。アコーディオンと弦楽六重奏というスタイルはたぶん初めて聞いたけれど、弦はやはりバッハ~ヴィヴァルディがよかった。ガリアーノのアコーディオンは「どうだ!」という感じがなくて、なのにすごく難しいことをさらっと弾いていてかっこよかった。でも、やっぱりフランス人、アンコールのミュゼット調自作曲が一番しっくりきてたかな。
それにしても、ホールで聴くコンサートっていったいいつ以来だっただろう。。。

5月5日、鹿児島から夫の従兄が東京に用事があるので寄りたい、と言ってきたのが数週間前。午後の早い時間、ナースが来る前なら、とわがままを言い、バスに乗ったというメールを見てバス停まで迎えに出ると、最初に降りてきた従兄の後ろからお連れ合いとふたりの娘さんも!え~みんなで来るなんて聞いてない~ 嬉しいサプライズ。みんなに会うのは5年前夫の病気が分かって、この先もう来られないかもしれないからと二人で鹿児島を訪れて以来。あの時も5月4~5日一泊だったので、きっかり5年ぶりだ。今回は長男の結婚相手が決まり、そちらのご家族への挨拶のために新潟と東京に出かけてきたのだという。(長男は一足先に鹿児島に帰ったので我が家には来られず。)みんな全然変わってないし従兄も老けてない、と思ったけど、この間心臓ペースメーカーを入れたり弁を生体弁に替えたりと大手術も経験したそうで、鹿児島人だから芋焼酎をぐいぐい飲んでいた従兄が今は飲まないと言う。それでも飛行機に乗ってこちらまでやって来られるほど元気なのだから、それがなによりだ。義母の話やほかのいとこたちの話、夫が小学生の時一家で鹿児島を訪れた時の写真を持ってきてくれてその時の話もして、楽しいひと時を過ごすことができた。
考えてみれば、盆暮れ正月ではないときに親戚と会うには、この連休はいい時期なのかもしれない。行事に振り回されず、明るい光の中で思い出話や若い人たちの将来のことを話すのは実に気持ちの良いものではないか。

とまあ、こんな感じの連休だったわけだけど、実は前週末は夫の体調が芳しくなかった。
気管の痰がなかなか排出できず呼吸困難状態で、度々カフアシストを使ったりタッピングをしたりしていて、ひとりの時に急変することも考えられますとDr.にも言われるくらいだったのだ。
幸い頑固に張り付いていた痰を取ることができて、また新たに処方してもらった薬の効果もあって落ち着いたので、私も連休を予定通りに過ごすことができたのだった。
ALSの場合「突然の呼吸困難により・・・」というのは度々耳にしていたことで、その覚悟はできているのだけど、あまり苦しいのはかわいそうなのでなんとか穏やかに過ごしていければなあ、と思うのである。

2017年4月10日月曜日

Gyoza de 誕生会

 
雨の週末、いつもの仲間と夫の誕生会をした。
 
ALSと診断されたのが5年前の3月だから、それから6回目の誕生日を迎えたことになる。(あと1年か2年と言われていたのだから、医者なんてあてにならない。)
 
5年前は地元で屋外ミロンガに行って、そこで落ち合った友人たちと中華街のシュラスコ屋に行って、「もうこんな機会はないかもいしれないから」と夫がご馳走したのだった。
 
いまは口から食べることはやめてしまっているので、いっしょにご馳走を食べる、というわけにはいかないけれど、誕生日という機会に気のおけない友人たちが訪ねてくれるのはとてもありがたく、楽しみなひとときだ。
 
いつも声をかけるメンバーの中心は、まだ夫が病気になる以前からGyoza de tangoと称して餃子を作って食べるホームパーティーをしていた仲間で、タンゴが共通項であるものの、他の音楽やダンス、旅、料理といったそれぞれの趣味が複雑に重なり合っているので、おしゃべりがすこぶる楽しい人たちだ。みんなのハブ的存在だったカップルが今年に入って転勤で引っ越してしまったので、今回初めて欠席だったのがちょっと寂しかったけど、餃子は(私が初めて餡を提供したのも含めて)美味しく出来たし、エジプト旅行や、幸手や千葉や浅草の桜の写真も見せてもらって夫も花見ができたし、よい日になった。みんな、ありがとう。
 
 
PS:手術から一ヶ月、さのすけのカラーもようやく外れました。

 
 
 












2016年11月15日火曜日

銀行

先日、夫のところに銀行から定期預金の優遇金利の案内が来た。
3ヶ月だけだけど、いまは定期預金もほとんど金利がつかないので、
ちょっとでもつくなら利用したいというので手続きをすることにした。

案内を見ると、あらかじめ資金を普通口座に入れておいた上で
店頭のみでの取り扱い、とある。
この銀行の口座は、夫が日常の小遣い用に使っていたのでお金はあまり入っていない。
メインの口座の方からまず入金しようとしたのだが振込手数料が惜しいので、
カードで数回に分けて引き出してからこちらに入金し、
さて窓口で代理人が手続きするための委任状のフォーマットは?とウェブサイトを見ると・・・

窓口でのお手続きはご本人のみとさせていただきます。

そうなのか。
それなら、今回の優遇でなくても手続きができるもので金利が少しはいいものに充てておいて、
と夫が言うので、とにかく店舗に行ってみることにした。

道すがら思ったこと。
ある商品について店頭扱いに限るというのはたぶん許されるやり方なのだろうけど、
そうすると夫のように病気やその他の理由で店頭に来られない人は
はじめから除外されてしまうわけで、それって差別にはならないのかなあ?

店頭で待つこと10分弱。やっと順番が来て受付へ。

「このご案内を頂いたんですけれど、これは夫の口座で、夫は病気で来られないんです。
窓口では本人しか手続きできないと聞いたんですが、代理人はだめなんですか?」

  「申し訳ございません。そのようになっております。」

「それって障害者差別にならないんですか?」

  「えー、窓口のお手続きはご本人のみとなっておりまして。」

「つまり家を出られない人は利用できないから、差別することになりませんか?」

  「すみません、おかけになって少々お待ちください。」

おねいさん、小走りにバックオフィスに消えた。

しばらくして、バックオフィスからきっちりスーツを着た男性行員が登場。
  「担当を交代致します。いま、ご事情は伺いました。
  一応窓口ではご本人のみということになっているのですが、
  そういうことですし、またせっかくご来店頂いたのでなんとかしたいと思うのですが、
  こちらの口座はご主人様はご印鑑でご登録でしょうか、サインでしょうか?」

「カードは預かっていますが、それは聞いていませんでしたね。
 でもそれってそちらで調べて頂ければわかるんじゃないんですか?」

  「おっしゃる通りです。少々お待ちください。」

また消えた。

  「わかりました。サインでした。
  ですと、奥様にご印鑑お持ちいただいても手続きはできないので、
  なにか方法がないかといま検討しておりますので、もう少しお待ち頂けますか?」

「あの、別にできないのであれば、ほかの定期とかあればそれでもいいんですけど。」

  「いや、いまこれに勝るものは。。。すみません、もう少しお待ちください。」

しばらーくして。

  「お待たせして申し訳ございません。
  週明けのご都合の良い時にこちらからご主人様にお電話を差し上げて
  口座番号と暗証番号の入力で本人確認をした上でご意志を確認させていただければ
  今回のこの定期預金に振替の手続きをさせて頂けるのですが?」

なーんだ、言ってみるもんだなあ。

それとも、私ってクレーマーだと思われた?
確かに声はちょっと大きかったかもしれないけど、
素朴な疑問を口にしただけだったんだけどなあ。


なにはともあれ、昨日約束の時間に電話がかかってきて、無事に
(途中相手の通話ホールドミスで本人確認を2回することにはなったけど)
手続きをすませることができたのだった。

そして今日、メインの銀行から
「カードによる不審な取引はありませんでしたか?」
という問い合わせの郵便が来た。
振込と引き落としだけだった口座に急に動きがあったから怪しまれたのね。。。

2016年10月23日日曜日

蓄電池

夫の呼吸器には内蔵バッテリーがないので、停電になると困る、
というのは以前のブログに書いた。

バッテリ内蔵機種の静音化はいつまでたっても実現しそうにないし、
呼吸器以外にも吸引器や電動ベッドなど、電源を確保しないといけないものはあるので、
家庭用蓄電設備を付けることを以前から考えていたものの
伝手やとっかかりがないまま、手つかずでいた。

先の停電をきっかけに、やっぱり早急につけたほうがよい、ということになり、
九州でこうした設備の仕事に携わっていた友人に、こちらの業者さんを紹介してもらうことに。

お盆休み明けにメーカーさんから連絡をもらい、双方の都合が合って話ができたのが9月に入ってから。実際の設置は販売業者さんになるため、手配をお願いしたものの、通常頼んでいるところには、杓子定規に「医療機器につなぐものは請け負えない」と言われたそうで、個人的な知り合いの電器屋さんを連れてきてくれた。

うちは平日はナースやヘルパーが出入りしていて、夫の身の回りでいろいろやっているので、工事はどうしても週末で、ということになり、先週末の土日で設置工事、昨日22日土曜日で機器の設定をしてもらい、ようやく稼働するようになった。

うちでつけたのはこれ。

 
 
 
電力会社から買った電気を蓄電池に貯め、停電になったときは夫のいるリビングへの供給ラインがこの蓄電池からの給電に自動的に切り替わる設定にしてもらった。容量は8.4kwh。
うちの場合は、長期停電になる場合には東電が発電機を持ってきてくれることになっているので、何日間もこれでしのごうとは思っていないから、このくらいで大丈夫かと思っているのだけれど。
 
蓄電システムを太陽光発電と組み合わせて、貯める電気は太陽光で賄ってということもできるが、
うちは屋根の形状からちょっと難しかったのと、それ以前に太陽光パネルの廃棄物としての問題が気になるので、それはやらずに蓄電池だけにした。(発電して余った電気を電力会社に売って設備投資の元をとる、という考え方はもはや現実的でない。)
 
最初のメーカーさんのざっくりした話では、容量4.2kwhで150~200万、8.4にすると250~300万、ということだったけれど、最終的には190万ほどで収まった。(まだ払ってないけど)。
少し前から点かなくなっていた外階段のセンサーライトもついでに見てもらったら球切れだったというので、これもサービスで替えてもらったし、ちょっとお得感 (*゚▽゚*)
 
いやいや、そんなことより、「留守中、停電になったら・・・」の不安から解放されたのがよかった。
台風などの天災だけでなく、最近あったケーブル火災などでも停電になりうることがわかったところだったので、このタイミングで工事ができたのは幸いだった。
 
きょうはちょうどドクターにメールを送る日だったので、このことも報告したら、
「うちでも検討してるので、今度教えてください」だって。 おやおや(´・_・`)

2016年8月3日水曜日

停電

私が天気の原稿を書くと当たらない

というジンクスがある。
「雨って書いてあるから当たらない方がいいからやってよ」
というデスクもいるくらい。。。

一昨日のニュースでは雷雨の原稿を書いていて、
北海道で大雨、このあと東日本、北日本では翌朝までところによって1時間80ミリの可能性も、という話だったのだけど、群馬県で記録された雨量の情報が追加されたために、「1時間80ミリ」のくだりはカットされたのだった。

午前3時、床に就こうという時に雨と雷がひどくなってきて、
「ああ、あれはカットしないでちゃんと注意喚起したほうがよかったのにな」
と思い出したときは、まだ雷雨は他人事だった。
それでも雷で停電すると困るので、少し起きていようかと思いながら眠ってしまった。

停電が困る、というのは夫の使っている呼吸器はバッテリーが内蔵されていないので、停電の場合は繋ぎ替える必要があるからだ。
バッテリー内蔵型の呼吸器はもちろん、ある。存在はしているし希望すれば使うことはできる。
しかし、我が家ではあえて使っていない。なぜか。
以前持ってきてもらって試したことがあるのだが、なにせ音がうるさいのだ。
音響メーカーでもある会社の製品とは思えないレベルの作動音。
要するに、彼らが「使用者」と考えているのは機械を操作する医療従事者のことであって、患者のQOLなんぞ二の次なのだろうと想像する。

午前5時20分。
聞きなれないアラーム音で目が覚めた。空気清浄機のパイロットランプが消えている。
停電!急いで階下に降る。いつも腰が痛くて起き上がるのに時間がかかるのに、こういう時はガバと起き上がれるのだから人間たいしたものである。
急いで呼吸器のケーブルを付け替えようとしたところで復旧。ほっと胸をなでおろす。夫の呼吸もすぐに落ち着いた。

しかし雷はまだ続いている。ぴかっとした瞬間にドドドドドと凄い音がしているから、安心できない。
30分ほど様子を見ながら、洗濯機のタイマーを設定し直したりして、ようやく遠ざかった感じがしたので、なんだか目が覚めてしまったけど、起きているのもしんどいので二階で横になる。

と6時直前、再びアラーム。
また急いで階段を駆け下りる。今度こそバッテリーの出番だ。すぐにケーブルを繋ぎ替える。
他にも電気を使っている器具はいろいろあるけれど、当面電源確保が必要なのは吸引器だ。
吸引器はスイッチボックスにつないで夫は足でスイッチを押して吸引を行っている。
スイッチボックスへの給電ケーブルをコンセントから抜き、ポータブル電源に繋ぎスイッチを入れる。これは初めてやってみたのだけれど、ちゃんと動作することを確認。よかった。

そうこうしているうちに停電も復旧すると思ったのにちっとも復旧しない。
スマホで調べてみると、停電しているのはうちの町内3丁目と2丁目、それに隣町の一部の計1000戸だけ。運が悪いのか。

以前聞いた話では給電系統には3系統有り、1本目がやられるとすぐ2本目が立ち上がるので、最初は一瞬の停電で気づかないこともあるくらい。2本目の時はもう少し時間が掛かり、3本目がやられると本当に修理が必要なので復旧に時間がかかる、という。
なるほど、それだな、と思った。

うちでは呼吸器を使っているので、停電の時には東電が発電機を持ってきてくれるように手配したと以前ケアマネが話していたのを夫を介して聞いていたのだが、具体的な手続きを聞いていなかったので実際どうなるのかわからないうちに今回の停電になってしまった。かれこれ30分停電が続いたところでケアマネに電話してみると、ちょうどいま東電から連絡があり、ただ今作業中でもうすぐ復旧するので発電機が来ることはない、という話だった。

呼吸器のバッテリーはたぶん2時間くらいは大丈夫だろうけれど、もし切れたらこれもポータブル電源の方に繋ぎ替える必要がある。ポータブル電源は使い方次第だけどまだ使ったことがないからどれだけもつかわからない。夫のそばに付き添いながら待つことさらに50分。
停電が始まってから1時間20分後、ようやく復旧した。

停電したら、ということは以前から考えていて、そのための準備をして頭の中でも何度もシミュレーションはしていたけれど、当座の対応としてはこの体制で乗り切ることができるとわかって良かった。しかし夫がひとりでいるときに起きてしまうと対応できないし、もちろん長時間の停電にはこれでは不十分なので家庭用蓄電設備を導入することも検討している。本当はこの雷の季節になる前に対応しておきたかったところだけれど、better late than never 近々手をつけることにしよう。

2016年4月13日水曜日

今年の桜と誕生会



今年の桜はきれいだった。
世間では、去年も一昨年も同じようにサクラ、桜と言っていたけど、
私の目には原発事故以来、本来の桜の美しさは失われ、
色も花の付きも大きさも、どうにも物足りなく思えた。
名所と言われる場所の木は、そろそろ寿命を迎えるものが多いとも聞いていたから、
もうこれまでのような桜は見られないのかもしれないと思っていた。

しかしあれから5年、今年は本来の桜の美しさが戻ってきたようで、
車で走っていても、あ、あそこ、今度はこっち、と
目に留まるのが嬉しい姿が多かった。
自然は強く、再生しているのだとあらためて感じた一週間余だった。

そんな桜ももう終わる頃、約一週間遅れで夫の誕生会をした。
ALSと診断されてから4回目の誕生日だ。
4年前はまだ動けていたから、日曜の午後野外ミロンガで友人たちと集まり、
みんなで中華街にあるシュラスコ屋へ行ったのだった。

その後はうちに集まってもらって、誕生会をしている。
今夫は口から食べたり飲んだりはしていないので、
みんなと食事をすることはできないけれど、
外出できない夫にとって、仲間と会って話すのは、楽しみな時間だ。

スペイン語圏の習わしに従って、食事はうちで準備し、
うちにはアルコール飲料はないので、各自持参してもらう、という形での開催。
なにかと時間が限られるので、作り置きできるものが中心だったけど、
みんな喜んでくれてホッとした。





Cちゃんが持ってきてくれたケーキに、
HちゃんがHAPPY BIRTHDAYの文字キャンドルを載せてくれたのを
私が代理で吹き消した。



この1年、また時々みんなと会う機会が与えられて穏やかに過ごせますように。

2016年2月29日月曜日

2月

あっという間に2月が終わる。
11月頃から、収まりそうになってはぶり返していた夫の感染症が
1月末でようやく収まって、2月は久しぶりに落ち着いた日々になり、
ちょっと気持ちが落ち着いた分、文章を書くのが億劫になっているうちにもう月末だ。

  感染症がある間は、抗生剤の点滴だのなんだのがあり、
  さらにそれと重なって血糖値のコントロールのための測定やインスリン注射も加わり、
  慣れないことが続いていたので、けっこう大変だった。
  人の体に針を刺すことなど、未だに慣れないし、慣れたくもないけど。

何をしていたかといえば
確定申告の準備をしたり(去年もまた帳簿を全然付けないまま1年過ぎた)

お雛様を飾ったり


近所の梅を見たり











関西のひなあられが醤油味と知ってびっくりしていたら

  







実物をはるばる神戸からお友達が持ってきてくれたり









猫と遊んだり














猫をかまったり








猫に遊ばれたり














明日から弥生。
また数日寒い日が戻るそうだけど、春はもうすぐ。
穏やかな日が続くといいな。




2016年1月12日火曜日

寒中お見舞い申し上げます

父の喪中でもあり、正月はヘルパーなども来ない日が珍しく2日続き、
ひさしぶりに穏やかな時間を過ごした。

寒中となってもまだ寒さもさほどではなかった昨日の休日、
東京の寺に出かけた。
ここには夫の祖父の墓があるのだが、両親も私たちもクリスチャンなので、
義母が亡くなる前、永代供養の手続きはしてあるから心配ない、と言われており、
私たちも数回墓参したきり、夫が病気になってからは訪ねていなかった。

その寺の前の道路の拡幅工事が行われるにあたり、寺の本堂を建て替え、
敷地のレイアウトを変更して墓地もリニューアルする、というお知らせが来ていて、
ああ、そうなのか、とそのままにしていたら、暮れにまた手紙が来て、
うちのお墓のお骨は共同墓に移したい、という。
私たちの後もお墓をみつづけることはできないから、そうするとしても、
一度墓参して寺にも挨拶をしなければ、と思いつつも、
暮れは夫もまた感染症で点滴をしていたり、来客が続いたりして、
年末年始は寺も忙しいだろうから、と正月明けてから連絡することにしていた。

先週電話して、共同墓にするのは構わない旨を告げ、
夫が病気なので私が代わりに墓参とご挨拶に伺います、と話して昨日出かけたのだった。

墓参に行くと言ったって、うちには線香もないから
(先週来た妹に実家にあるのを分けてもらっておけばよかった)
線香とチャッカマン、花を買って、ハサミも雑布にくるんで用意。
手土産とともに携えて寺に向かった。

敷地の周辺には防護壁が建てられ、墓地の入口には
「敷地には入れませんので、この中の手桶に用意した水をお使いください」
の張り紙。
中に入ると確かに用意されているので、それを一つとって、
記憶を頼りに墓を探すと・・・ない。あれれ、こっちじゃなかったっけ?
と迷っていると、墓地の戸が開いて住職のお連れ合いと思しき女性が現れた。

「お約束した○○○です。暗くなる前に先に墓参りしようと思って・・・」
「ああ、工事の都合があるのでもう移しました。」
「え?そうなんですか?」
「ええ、仮本堂の方でお骨はお預かりしていますから、どうぞお線香を」

言われるままに仮本堂に行き、焼香して、住職としばらく話して辞去したのだけど、
きちんと区切りをつけた、という気分にはなれなかった。

確かにこちらもいろいろあって連絡が遅くなったりしたし、
お寺にはお寺の都合もあるだろうけど、
手紙にはいついつまでに返答が欲しいとか書いてなかったし、
電話した時も、返事があったからすぐ移すとも、もう移したとも言ってなかったし、
だいたい、私は「最後にお参りして、ご住職にご挨拶を」と言ったのだし。
いろいろ準備して行ったのに、肩すかしというのは、
なんとなく行き場のない思いが残る訪問になってしまった。

ちゃんと掃除してお花と線香をあげたお墓の写真撮って夫に見せたかった
というのもあるけど、「もの」であるお骨やお墓をどうしたかはあまり大事ではなくて
人の気持ちが関わるやりとりは、もうちょっと言葉を省かないでいて欲しかったと思うのだ。



2015年11月30日月曜日

点滴とか血糖値とか

11月も終わり。今月は早く過ぎた。
 というのも、初旬から中旬にかけて夫に感染症が出たりしていたから。

尿カテーテルを入れているとどうしても感染症にかかりやすいため
抗生剤は常備して、熱が出るとできるだけ先手を打つのだけど、
今回は敗血症になったりした前回ほどではひどくはなかったものの、
耐性菌が出てしまったので、点滴の調剤が前回とは異なり、
薬剤は冷蔵しなければいけないし、これが生理食塩水に溶けにくく、
しかしビンを振って混ぜると泡立ってしまうのでNG。
よくなじませた上で10分放置して溶解を待つ、というちょっと面倒なものになり、
2週間けっこう大変だった。点滴針が手に入っていると着替えにも気を使うし。

それに加えて、その時の血液検査で血糖値が高いことが判明。
感染があるときは血糖値は上がるものだが、それにしてもこの値は、ということに。
人間の身体が糖を一番使うのは筋肉なのだが、ALSは筋肉が減っていく病気なので
うまく糖をとりこめなくなっているのが一因。
それから、計算してみると摂取カロリーが過多になっているのも原因では、とのこと。

それはそうだ。
前回の感染の後、栄養強化するようにと言われて温泉たまごを入れたりしていたけど、
それをいつやめるのか、一向に血液検査もせずフォローしなかったのは誰だ。ブツブツ

カロリーを見直した上で、服薬とインスリン、
そしてインスリン投与とセットでの血糖値測定が始まってしまった。
毎朝、である。

自分のことならいいけれど、人の身体に針を刺すというのはイヤなものだ。
平気な人もいるかもしれないけど、それは私ではないし、これに慣れたくも、ない。
そのこと自体も気分の良いことではないが、むしろもっと不愉快なのは
こういう私の気持ちに対する医療関係者の無頓着さだ。

今回に限らず、なにかにつけて
病気だから仕方ない、家族だからやって当然、という基本姿勢。
それがこちら側からどうみえるか、あの人たちは考えたりしないのだろうか。

それはともかく、血糖値、早く落ち着いて欲しいものだ。

2015年11月17日火曜日

カンバタンゴがやってきた! A surprise visit.

(English text to follow.)

夫が所属していたオルケスタYOKOHAMAのメンバーで同じバンドネオン奏者の平田耕治君がブエノスアイレスで結成したユニット、カンバタンゴ。ギターのアリエルとルーカス、歌手のエバが来日して2年ぶりの日本ツアーが始まったところ。その忙しいスケジュールを縫って、エバを除く3人が夫のために演奏しに来宅してくれた。



前日の打診でうまくスケジュールが合ったのは本当に幸運。
アリエルが挨拶もそこそこにすぐギターを取り出し、
ソロでバッハとフォルクローレを。
その後3人息の合った演奏で、ワルツ、タンゴ、ミロンガ、チャマメまで!
夫は外出できないので、生演奏の出前はなによりありがたい。
そしてタンゴほど人を元気にする音楽はないから、本当に嬉しかった。

カンバタンゴとは初来日の際、横浜のミロンガで演奏できるよう夫がアレンジしたことがあり、彼らのバイラブレな演奏に、生演奏で踊るのに慣れていない人が多かったはずなのに、とても盛り上がって良いミロンガになったのだった。きょうの演奏も自然と身体が動き出してしまう、ビート感溢れる演奏だった。

平田君は「このくらいしかできなくて」と言うけれど、
彼だから、彼とその仲間だからできることをしてくれて感謝している。

出来上がったばかりの平田君のCDも購入。

 



ポピュラーな曲、珍しい曲、多重録音、
いろいろ工夫された良いアルバムになっている。

このあとのツアーの成功を祈りつつ。


We got a surprise visit by CAMBATANGO, a tango unit that our friend, Koji Hirata, formed in Buenos Aires.  The group is now in Japan, and Koji brought his two guitarists, Ariel and Lucas, to play for my husband.

Considering the fact that the group is playing everyday in various places in Japan during their tour, it was almost a miracle that we could work out our schedule on a short notice (one day before).

Ariel played some solo pieces before the group played their repartoire---tango, vals, milonga and chamame. 

One thing that caught my attention was the good balance of the sound between the bandoneon and the guitars.  I had an impression that bandoneon is always loud and it's hard to adjust the volume level with other instruments.  But this trio was keeping good balance throughout their playing.  It was most notable when the bandoneon and the guitar play unison or same movements in harmony.  It was so nice to be soaked in their sound.  CAMBATANGO is such a good ensemble.

Koji has just released a new CD.
We asked him to bring 10 copies so we can share it with our friends.
It turned out to be an excellent collection of well-known and less-known pieces.
Koji selected them based on his memories with the maestros he worked with over the years.

We wish both the group's tour and the CD to be successful.


2015年11月16日月曜日

"You're not you."

Just saw the movie, "You're not you." with Hillary Swank.
I went to see it just because it's about a woman with ALS.
Swank is not necessarily my favorite actress, and I didn't do much research before going.

As the title appeared on the screen, I was a little surprised,
because, unlike me, I hadn't checked the original title,
and didn't know it was so different from the Japanese title.

In Japan, foreign movies are often given Japanese titles when they go on screen.
Sometimes, they are same as the original, such as Star Wars and Back to the Future,
but often---especially when neither the original as it is nor literal translation works---
distributors create titles that may be more appealing to Japanese audience.

So, this one was titled
"In place of a good-bye."

In a way, it was misleading.
With this title, I had imagined that the movie was about the woman's life with ALS,
and what impact she leaves on her private caretaker.

But, no, that was not the focus, and it was so expressed in the original title.

"You're not you." was about 2 women who were hiding their true self,
and came to rediscover and reveal it through their friendship.

So, it appeared to me ALS was just a setting in this movie, which I didn't buy.

ALS is a disease that affects patients quite differently from person to person.
Maybe Swank was doing a good job in her role of a woman described in the original novel and the scrip, but her condition was totally different from my husband's, or any other patients I've ever seen.
I only hope that people wouldn't assume that ALS symptoms always develop like that.

Another thing that bothered me was a stereotypical way of depicting rich people as pretentious and nice on the surface but not very caring, while people who are not established are more down-to-earth.  I don't think the world is that simple.

I liked the movie,  "The Theory of Everything",about Stephen Hawking and his wife.
Compared to that, "You're not you." was a disappointment.



2015年10月7日水曜日

タマゴのチカラ 

ふと気が付けば、このブログも放置したまま9月が過ぎ、10月ももう1週間。
何かがあったのというより、むしろこれまでになく淡々と毎日が過ぎ、
書きたいことはあっても言葉が溢れてくるという感じがなく、
むしろ書く事が億劫になっていた。

日々淡々と過ごせていたのは夫の状態が割合安定しているからだ。
この3年半、目まぐるしく変化する状態に対応するため、
ルーティンというものが定まらないままに、しかしやることは沢山あり、
かつそれを妨げる条件はどんどん変化し新たな問題も発生し続けてきたのとは大違いだ。

ひとつには、口から食べるのをやめ、すべて胃ろうからの経管栄養と水分補給にしたことで、
誤嚥がなくなり、しつこい痰に苦しめられることがなくなった。
食べる楽しみがなくなってしまったのは残念だが、誤嚥から起こるトラブルの苦しさを考えると
やはりリスクを排除したほうがよいと思う。

そしてもうひとつの要因と思われるのが、卵。
6月の敗血症騒動後、アルブミン値を上げるためタンパク質を強化するようにとDr。に言われ、
それまで半固形の経管栄養剤をお湯でのばしていたのを牛乳に変え、
さらに毎日卵1個を追加した。

卵は温泉たまごにして胃瘻からシリンジで注入する。量にしてちょうど1本50mllというところ。
夫はこれまで1,300kcalを経管栄養で朝500g、昼夜各400g摂っていたのだが(容量では100g=90mlくらい)だんだんお腹がいっぱいになってしまうようになり、5月ころから1,200に減らしていた。もしかするとそれで抵抗力が落ちて敗血症になったのかもしれない。

経管栄養1,200+牛乳+卵に変えてから、頑張って1,300入れていた時より体調はずっと安定している。卵は完全栄養体と言われるし、昔は病人にしか食べさせなかったくらいだし、アミノ酸スコア100の食品だということは承知していたけれど、これほどはっきりとその力を感じたことはない。

私はコレステロール注意報出されて服薬しているくらいなので、卵は積極的には食べないのだけれど、朝、夫の温泉たまごがシリンジで吸いきれずに匙にほんの爪の先ほど残ったのをペロっと舐めるのだけど(もったいないから)、それだけで調子が良くなったくらいだ。

だから
なんとなく体調がすぐれない人、食が進まない人には卵をお勧めしたい。

温泉卵は、卵をどんぶりに入れてたっぷりのお湯を注ぎ
ラップをかけて置いておけば20~30分でできる。
室温によってお湯の冷め方が変わるし、卵の固まり方も好みがあると思うので、
ティー・コゼを被せるなどして調節すればよい。

2015年6月27日土曜日

敗血症とか感染性ショックとか

6月13日、父の通夜から戻ると、留守を頼んでいたナースが
夫が熱があるようなので、抗生剤を始めておいたほうが良いと思う、
ドクターには報告しておくので、と言う。

夫は尿道カテーテルを使用しているため、時たま感染で発熱することがあり、
抗生剤は常備しているので、さっそくそれを夕食後の薬に加えた。
その後熱が38.9度まで上がったので解熱剤も投入して寝む。

翌14日、大汗かいて熱は下がり、尿量が少なかったりしたのも夕方までに改善し、
もう大丈夫だろうと思いつつ、その間4回着替えたものをせっせと洗濯。
夜はシーツも替えて、今夜は気持ちよく寝られるといいね、と話していた。

ところが私が寝ようとした午前3時、夫は寒気がすると言い出し、
布団を掛けたりしたものの、心配なのでソファで横になった。
朝までたびたび、水分補給やら、酸素を測ったりやらしていて、寝られたのは1.5時間ほど。

15日朝になっても熱が下がらず、酸素飽和度も下がっていたので、
呼吸器に酸素を流してみたが、思ったように上がってこないので、Dr.に往診を依頼。
尿に白血球が出ていたり、脇腹が張って痛みがあるので、
腎盂腎炎を起こしている可能性もあるとのことで、
通常3回に分けて服用する抗生剤を一括投与し、尿の培養検査をすることに。

その後、熱は下がったものの、腕から手の甲に汗をかいていること、
尿がミルクティーのように濁っていることという、今まで見たことのない所見があったので、
夫は大丈夫と言っていたけれど、寝不足でもあるし、仕事は休むことにした。

午後、訪問看護師が来たので2階で横になったら2時間寝てしまったていた。
降りてみると、感染性ショックが心配なので、先生を呼んでいます、と言う。
酸素飽和度と血圧がかなり下がっていたらしい。
改めて往診の結果は、敗血症の疑い。点滴の抗生剤を投与して、これが効けば、という。

効かなかったら、危ないのか?

本人は大丈夫だよ~、と言っているし、私も楽観的ではあったのだけれど、
一応妹だけには連絡してみたら、様子を見に来てくれた。

夜、経過を診にDr.が来る。やはり血圧が低く、ショック状態で、救急で運ぶ状態だと言う。
うちでは何があっても病院には行かない、と決めているし、
そのことは在宅療養に関わるスタッフ全員で共有しているはずなのに、
なぜまた、病院を持ち出すんだろう、とちょっとイラっと来る。

クリニックで手持ちの薬剤に限りがあるとか、いろいろ都合もあるんだろうけれど、
今が治療を急ぐ時なら、わかりきったことをまた聞かないでほしい、と思う。

血圧をモニターしながら、昇圧剤を少しずつ注射、さらにステロイド剤点滴でなんとか持ち直し、
昇圧剤の継続点滴をセットして、Dr.が引き上げたのが深夜0:30だった。
夫の様子を気にしながら、またソファで仮眠。

16日朝8時にDr.来訪。
抗生剤の点滴をし、血圧が上がっていて、尿も出ているので、快方に向かっているとのこと。
11時に同じクリニックの若先生が来るということなので、10時まで自分のベッドで休む。
若先生が来た時は、血圧も100以上になっていたので、ストップしていた内服薬や栄養を再開し、昇圧剤の点滴も普通のリンゲル液に替えて・・・としたところで、血圧急降下!
点滴に入っていた昇圧剤は、ダイレクトに作用するタイプのものだったので、
回復していたのは、それに頼ってのことだったのが判明。

これは身体の脱水がまだ続いている状態なので、急速輸液が必要。
点滴を全開にするも、これでは遅すぎる!と、
点滴液をシリンジにとってシリンジから押し込む策に出る、若先生の好判断で70台まで回復。

この日は訪問入浴だったけれど、お風呂は無理なので清拭をしてもらい、
その間血圧はなんとか70台をキープして終わり、
夜8時にDr.が来てくれたときは、80台後半まで戻っていた。
一応落ち着いて来たので、夜は2階で寝ることにしたのだけど、
朝8時には点滴を付け替えなければならず、起きられるのか不安。。

17日、点滴は続けているものの、全体的には落ち着いてきたようなので、
午後訪問看護が入ったところで、今度はさのすけを動物病院に連れて行く。
便秘である。このところのストレスが、さのすけにも伝染したのか?
うちの近所には2軒動物病院があるのだか、どちらも私が行ける午後の早い時間は休みのため、車で20分ほどの別の病院に行く。寝不足で運転は辛いが、しかたがない。
一旦帰って、夕方マッサージの人が来たところで、買い物と食事に出る。
うちには手首式の血圧計しかなかったので、上腕式の血圧計を買ってきて、ちょっと安心。

18日、だいたい復調、のはずが、今度は痰が取れなくて酸素飽和度が77とか出るし、
血圧が150台に跳ね上がるしで、カフアシストしたり、スクィージング、タッピングと、
点滴が繋がってる中でやるもんだから、もう大変。
もともと、血圧は高めで薬を飲んでいたのだけれど、
今回のことで中断していたところ、体調の回復とともにまた上昇傾向になったのでは、
ということで、血圧の薬を再開。
できるだけのことはして、どうしても取れないところはDr.とナースに任せて、
この日は仕事に行った。

帰ってきたら、すっきりしていたみたいで、それはよかったのだけど、
ナース達が使ったものが出しっぱなし、開けっ放しがいくつもあって、がっかり。
さらに、今頃になって点滴についての注意書きがテーブルの上に置いてある。
こういうものは3日目じゃなくて初日にいただければもっと有益だったでしょうね。
寝不足とイライラも極限である。

19日、感染症を起こしていた菌が特定され、抗生剤が変更に。
これまでのとは薬剤の合わせ方も変わって、ちょっと神経を使う。
この頃になると、輸液によるむくみが問題になってきたので、今度は利尿剤を使うことに。
体力の回復の為に栄養価を上げるため、通常の経管栄養に牛乳や卵などの追加を考える。


そんなこんなで、きょう27日現在、抗生剤の点滴は続け(あすまで)、
栄養強化は継続、投薬は最低限必要なものだけ再開、という対処で、
血圧は薬を使わず平常値、酸素飽和度、脈はまあまあ、というところ。

今回のエピソードが始まってからずっと声が出にくくなっていたのだけれど、
たぶん、それは脱水のせいだったようで、24日くらいからまた出るようになってきて、
おおよそ、以前の生活が戻ってきている。
ALSという病気はそれ自体「よくなる」ということがない病気だけれど、
それに伴って起きてくるトラブルは多々あり、その都度解決法を探しながらやってきたけれど、
今回はかなりシビアだった中で「よくなる」というシーンを見られて良かったと思う。

まあ、なにごともなく、淡々と、というのが本当は望ましいのだけれど。





2015年5月27日水曜日

二人羽織

夫は病気で手が不自由になってからは、
手のひら大のトラックボールを足で操ってパソコンを使っていた。
去年それも難しくなりベッド生活になってからは、
スペック・スイッチを足に一個ずつ付けて右クリック、左クリック、
そしてテーブルに取り付けたジョイスティック・マウスのスティック部分にストローをはめて延長し
これを顎で操作する、という「顎足マウス」方式で、PCを自分で使ってきた。

  とはいえPCをセットしてしまうと日中ナースやヘルパーの作業の邪魔になるし、
  セッティングがなかなか微妙で、私以外の人には難しいということもあり、
  PCを使うのは夜寝る直前から、朝目覚めてから私が起きてくるまでの
  限られた時間しか使うことはできなくなっていた。

これもいずれ使えなくなることを考えて視線入力ソフト導入の準備をしているのだが、
そのためにPCも新しくしなければいけなかったりで、まだそこにいたらないうちに、
顎足方式が使いにくくなってきたこのごろ。

それでもDrや友人とのメールのやり取り、SNSの投稿など最低限のことは続けていきたいので、夫のテーブルに置いたPCを私が後ろから操作する二人羽織方式をやってみた。しかし、こちらの立ち位置が難しいし、液晶画面を夫に合わせるとこちらは見えないし、なかなか思うに任せない。

そこでリビングのTVにディスプレイを映し出し、夫にそれを見てもらって、
私が本体で操作する、というのをやってみたのだが、
TVは夫から斜め方向に有り、画像は見られても文字を読むのは難しい。

それではとワイヤレスキーボードを入手し、
去年顎足マウスに到達する前に試しに購入したワイヤレスマウスと組み合わせ、
本体は夫の正面に置き、私がTV画面を見てワイヤレス機器で操作する、
という方式で、なんとか最低限の作業はこなせるようになった。

ほかにも雑誌記事等はスクロールすれば読める状態にセットして、
矢印のところにポインタを置き、足に左クリックのスイッチを付けて
自分でスクロールして読む、というのもできている。

パソコン操作を専門にしていた夫からすれば、なんとも歯がゆいし、
コメントなどの書き込みをする余裕もなく、ストレスが多いことだろうと思う。

準備中の視線入力が早く上手く使えるようになって、
また夫が生き生きと外の世界とコミュニケーション取れるようになるとよいのだが。

2015年4月27日月曜日

療養生活を支えるもの(4)スイッチボックス

夫は元気な時から比較的痰が多く出る方で、呼吸が弱くなるにつれて、
それを処理することが徐々に難しくなってきた。

仕事に行っているときは、スクリュートップの缶コーヒーの空き缶を携帯し
それを痰壷がわりにしたりしていた。

自宅療養に入る時に吸引器を購入。(1台目は公的補助あり)
始めは自分でスイッチを操作して使っていたが、手の力が衰えてきて
スイッチを押すのが難しくなり、フットスイッチ付きのものを新たに自費で購入。
日中椅子に座って過ごしていたときは、マイクスタンドの先に、
マイクの代わりに吸引用の「レディケア」という芯入のチューブを装着し、
口元にいつもスタンバイさせておいて、必要な時に足でスイッチを押していた。

その後足の力も弱くなってこのフットスイッチも使えなくなり、
ベッド生活に入ってからは、吸引が必要な時は人に頼まなければならず、
誰も近くにいない時に痰を誤嚥する心配があり、実際随分苦しい思いをすることもあった。

いま夫は足先はまだ少し動かせるので、
軽い力で押せる「スペックスイッチ」というのを足につけて
パソコンのマウスのクリックに使っているのだが、
同じようなスイッチで吸引器のON/OFFができればいいのだが、
そういう軽いスイッチではそこまでのパワーはない。

多少電気の心得のある夫は、「リレーを作ればいいと思うのだけど」と言っていたけれど、
いかんせん手が動かないので自分では作れないし、私などにはさっぱりわからない。
ところが先日、古い友人がそれを実現してくれた。

この人は電気や音響の仕事をしている人で、夫はその趣味を通じて知り合ったのだが、
後に、別の場所で知り合った友人の義兄にあたる、ということがわかったというご縁。
先月、その別の友人の方から、「義兄がなにか手伝えるのでは」という申し出があり、
久しぶりに連絡を取ってこちらの希望を伝えたところ、
あれよあれよという間に立派なスイッチボックスを作ってくれたのだ。



 
ウラ・オモテ



この写真の手前にあるのが「スペックスイッチ」というやつだ。
50g以下の力でON/OFFができる。




こういう障害者支援機器というのは通常、市の支援センターが対応してくれて、
うちでもパソコンに足で操作するトラックボールをつなぐ仕組みとか、
その後今も使っている、顎と足でマウスを操作する仕組みとか、作ってもらったのだが、
この人たちはとにかく仕事が遅い。
アポとって来るまで2週間、作成まで2週間、
できたものを試して、しかし実際に渡すものは改めて新品で作るから・・・
などとやっているうちにどんどん時間が過ぎてしまい、
進行性の病人をなんと思っているのかといつもいらいらさせられた。

今回作業してくれた友人は、脳梗塞やら癌やらの既往症があり、
今も手が震えるなど自身が不自由な身体なのに、
最初に連絡をとってから納品まで3週間、
打ち合わせに来宅してから2週間でやってくれたのだ。
感謝である。

おかげで夫はまた、自分が必要な時に自分で吸引器を作動させることができるようになり、
夫のストレスも、介護側の負担も減り、助かっている。

痰の吸引は、ALS患者に限らず様々な在宅療養者と介護者の課題になっていると聞く。
一人ひとり状況は違うものなので、ほかの人のことはわからないけれど、
もしかするとこの装置が助けになる人もあるかもしれない。
今回作ってもらったスイッチボックスの回路は公開して構わないと友人も言ってくれており、
それがあれば、おそらく工業高校の生徒さんでも制作できるだろうということなので、
関心のある方はコメントでお問い合わせくださればと思う。

2015年4月7日火曜日

Happy Birthday!

Last Saturday was my husband's birthday.
As it fell on the Good Saturday, we waited until the Easter Sunday to celebrate.
Our tango (and Gyoza) friends came over, to eat, drink, talk and laugh.
Making Gyoza together is now a staple when we gather.
We make dumplings together, and Gyoza Maestro cooks them.
How lucky we are to have him in our circles!
 
   
A new feature of the party this time was a violin duo of me and T.
I have been working on Bach's doppel concerto in my lessons for the past few months,
and I wanted to have my husband hear me in a duo, so I asked T to help.
I rarely have a chance to play the violin in front of anyone, so I was very nervous and my heart was pounding like never before.  But it was fun!  And we managed to play better than ever.  My husband had apparently been waiting for our play to fall apart, but , sorry!, we betrayed him.

We also had A who is a ballerina show off her skills with point shoes.
Amazingly, she told us her feet don't hurt because she is standing with her stomache and side muscles.  Wow!  It was really a special treat to see real ballet up so close.


For us, surviving to this birthday alone was special, and being able to celebrate it with close friends made us very happy.  Thank you friends!

先週の土曜日、夫が誕生日を迎えた。
聖土曜日と重なったので、お祝いはイースターの日曜日にいつものタンゴの仲間と
餃子パーティーをすることに。

  

餃子はみんなにお任せ、うちではデパートの「大九州展」でゲットした辛子蓮根や、
鶏めしの具材で炊いたご飯、サラダなどを供し、あとは唐揚げやチーズやワインや、
みんなそれぞれ食べたいものを持ち寄って、美味しく楽しく、音楽談義に花を咲かせた。

今回は、最近レッスンしていたバッハのドッペルを夫への誕生日プレゼントにしたいと思い、
Tちゃんにお願いしてduoを決行。一回の合わせでどこまで合わせられるか不安だったけど、なんとかいい感じに合わせられて、心臓バクバクしながら、
でもアンサンブル楽しい!という幸せな時間を過ごすことができた。

もう一つ、バレリーナのAちゃんにお願いして、
トウシューズで踊るところを見せてもらった。

  

M氏のiPodでてきとーに選んだ曲で即興で踊ってくれたのだが、
見事な足さばき、バランス感覚、体の伸びで、素晴らしかった。
驚いたことに、 腹筋や脇の筋肉で立っているから、
トウシューズで立っていても足は痛くないのだそうだ。へええ

 こないだFBに上がっていた英語の広告で、傷だらけのつま先とトウシューズの写真に
 「~~のためなら苦労は惜しまない」みたいなキャプション付いたのがあったけど
 あれはウソなんだな。。。

外出できない夫に、生の音楽と生のダンスを楽しんでもらえて、よい誕生日になった。
みんな忙しい中、ありがとうね。