2014年9月30日火曜日

ファンダンゴスがやってきた!

福岡を本拠地とするトリオ・ロス・ファンダンゴス(Trio Los Fandangos)が、先週から5日間の関東ツアーに来ていた。この人たち、別名「嵐を呼ぶバンド」である。ツアーの先々に度々台風などの荒天を連れてきたことがある。一度などは、台風と仲良くしすぎて自分たちの公演がキャンセルになってしまった。

今回も台風16号が、まるでTLFに合わせるかのように中国の方を回ってゆるゆると近づいていた

     


が、26日に甲府で共演したミユキ・タンゴのリーダーのパワーの方が優ったのか、台風は温帯低気圧となり、穏やかな好天の中でのツアーとなった。

5日間で8ステージという強行軍の中、最終日の29日横浜エアジンでのステージの前に我が家に立ち寄り、ライブに出かけることができない夫のためにホームコンサートをしてくれた。

     
     夫は身体は動かせないけれど、音楽も会話も楽しんで普通に暮らしているので、
      こんなふうに、「出てこられないならこっちが行くよ」と訪ねてきてくれる友人は歓迎だ。
      夫が病気になって間もない頃は、「ALS患者ってどんなもんだろう」という好奇心からか
      たいして親しくもなかった人が見舞いに来たり、「一度くらい見舞いに行かなければ」
      という義理から来宅したがる人があって閉口したものだ。

ミ・ブリンの冬ポンがエレピを貸して下さり、午後メンバーとともに車で運んできてくれた。
谷本さんはこの1年半ほどの間に3回来宅しているけれど、なおこさん、ケイトさんとは
前回の関東ツアー以来2年ぶり?
Facebookなどで近況を交換しているので、久しぶりという気がしない。
お約束の博多通りもんを頂く。
    
いつも夫とブエノスのタンゴラジオ番組を聞いて、スペイン語を訳してくれているY子さんも招き、
一緒にお昼を食べ、タンゴの話、なおこさんのお子さんたちの話、谷本家の猫の話など、
おしゃべりを楽しんだあと、いよいよ演奏。
ときどき「記憶スケッチ」状態になりながらも、みっちり充実した生音を8曲聞かせてくれた。

もしかすると、PAなし生音のTLFを聞くのは初めてだったかも知れない。
そしてこの至近距離。ぐんぐん音の力が身体の中に入って来る。
TLFは踊らせる演奏を本分としているのだが、それはすなわち「拍動を共有させる」ということではないか、と感じた。彼らの演奏を聞いたら、それに乗らざるを得ない。普段CD音源の踊り場で音と関係なく習ったステップを次々に繰り出して踊っている「つもり」になっている多くの御仁たちでも、この音を聞いたらちゃんと「踊る」のではないだろうか。(最近踊りに行けてないので確かめられない。。。)


楽しい時間はあっという間に過ぎ、メンバーは冬ポンの車でエアジンへ。
谷本さん、なおこさん、ケイトさん、冬ポン、特別な時間をありがとう!
私は後片付けをしてから開演時間に合わせて会場へ。
ボス・うめもとさんが、お弟子さんのフランス土産のおすそわけを下さる。

  

なぜかといえば、うめもとさんがFBにアップする美味しそうな頂き物の数々に
いつも私が恨めしそうなコメントを付けているから、哀れに感じてくれたのだ、たぶん。

エアジンは、私たちが最初にTLFを聞いた場所。その時夫が小型の録音機で取った音源が、
TLF3のCDのラストカットに使われ、その後私たちが福岡に彼らを聞きに行き、
と親しくなっていったのだった。

    ダンスの師匠のケンジ&リリアナさんに出会ったのも、同じエアジンでのライブで
     ブエノスで会ったダンサーやミュージシャンたちに共通するタンゴの心が
     ふたりにはある、と直感して、その後師と仰ぐことになったのだった。

エアジンのステージ、前半は歌手のKaZZmaによるギター弾き語り。
 
   
 
KaZZmaの歌は「ブエノスアイレスのマリア」でしか聞いたことがなかったので
楽しみにしていた。 歌はもちろん、ギターのボルドーナ感もよかった。
谷本さんのヴァイオリンも2曲絡んで、全部で10曲、熱唱。


後半はいよいよTLF。  
 
「3人で15人分」の触れ込みどおり、始めからガンガン来る。
エアジンのお客様、おそらくTLFが初めての方が半分ぐらいいらしたのではないだろうか。
その方たちがどんどん巻き込まれていくのが、最前列に座った私の背中に伝わってくる。
TLFは前回のブエノス行きで掴んだものを今春CD5にまとめており、
それは聞いていたのだが、目の前で演奏する様子を見ると、
身体の使い方が大きく変化しているのがわかる。
やはり3人とも踊るようになったからなのだろう。
だからこそ生まれる、踊り手、聞き手との一体感なのだと思う。
音楽は全身全霊で奏でるものだと、改めて思わされる。
我が家では「記憶スケッチ」だったVida Mia は譜面を出して(笑)ばっちり。
アンコールでは、KaZZmaと一緒に2曲、
そして最後に、私たちとの思い出のDerecho Viejoを演奏してくれた。

重箱にぎっちりつまった押し寿司のようなしっかりした演奏に
たくさんの元気をもらって、帰路に着いた。
TLF、KaZZma ありがとう!
 











2014年9月6日土曜日

paperwork, paperwork 更新手続き

ALS is one of the specified diseases in Japan, which means its patients are eligible for state subsidy to cover their medical costs.  You have to be officially recognized as a patient to receive subsidy, of course, and it involves a lot of paperwork.

Renewing the certificate has been rather simple--- as far as I can tell from my limited experience of the past couple of years--- but this time, it's a bit different, because the entire subsidy system has been changed.  The government decided to include more hard-to-cure diseases under its subsidy, while asking patients to pay part of their costs, rather than getting all the necessary medical service for free. 

The new system takes effect next January, and we are required to submit the renewal documents by Oct. 10.  But, because the state government is slow in finalizing the details of the system, local governments that actually handle the process, are unable to provide some necessary information such as what kind of document needs to be submitted when the patient is on respirator.  We are also required to submit copies of various documents and certificates.

I was hoping to prepare most of the stuff over this weekend, but it seems that I have to wait for some of the necessary documents to come.

Oh, well.


ALSは、いわゆる特定疾患、すなわち国の難病指定を請けている病気で、患者の医療費には国の助成がある。診断を受けたら、「特定疾患医療受給者証」というものを申請し、以後更新手続きをとる。

先に報道されたように、来年1月からこの特定疾患医療給付制度が変更になり、より多くの疾患を対象とする一方、これまで全額給付だった患者に一部負担を求めることになる。この変更のため、今回の更新手続きは、添付する書類の数が増え、記入する書類も増えて、いささか煩雑だ。
  
 
さらに、「事前に送付しているため、今回の封筒には入っておりません!」とされている書類がうちには届いていなかったので、電話したり(なかなかつながらなかったり)というトラブルもあった。

締め切りは10月10日だが、書類記入は間違ったりするといけないので、時間にゆとりのあるときにやりたいと思って、この週末ある程度めどをつけようと開いては見たものの、医師に書いてもらう書類に書かれているのと同じように、とか、住民票のとおりに、とか指示があって、そのどちらも今手元にないから書けない、とか、利用している医療機関のリストについても、その証明となる領収書のコピーなどを付けてそれに合わせて記入しなければならないのだが、普段支払いのないところからは領収書ももらっていないので、それも別の書類が届くのを待たねばならず、結局きょうはたいしてはかどらなかった。

病気の診断を受けた当初は、特定疾患のほか、介護保険やら、障害者認定やら、保険やら、書類仕事がものすごくたくさんあったので、逆にどんどん処理できたのだけど、このところはほとんどなかったから感じを忘れてしまっていたこともあり、今回はちょっと大変だなあ、と思っているところ。

2014年8月19日火曜日

結石騒動

先週、夫が尿道カテーテルにちょっと違和感がある、と言っていて、
尿量もやや少なくなっていたので気にしていた。
金曜日、朝のストレッチをしていると、脚を内側に寄せたりすると痛い、という。
姿勢を変えて痛い、というのはどういうことだろうと思いながら、痛くない姿勢をとるようにしていた。

日曜の朝、カテーテルチューブ内に血尿があり、パッドに脇漏れもしたようだ、
というので見てみると、かなりの血尿。やはりどこかに傷があるのか。
チューブの位置を探って触れていたら、するっとチューブが抜けてしまった。

本来このカテーテルは、先に風船のように膨らむ「バルン」というのがついていて、
その中に数cc水を入れて抜けないようにしているのだが、
なんらかの理由でこの水がぬけてバルンがしぼんでしまったため、抜けてしまったようだ。

とりあえずパッドで対応することにして、ここまでの状態を主治医にメールで報告。
朝食の準備にとりかかろうかと思ったら、また排尿があったというのでパッドをチェックすると、
パッドの上にこんなものが。

  

???

キャットフードのカリカリ?いや、こんなところにあるわけはない。
え、何これ?

触れてみると硬い。
もしかして、これが結石というやつか!

測ってみると直径7mmくらいあるではないか。
これではカテーテルが入っている状態ではどこからも出るわけがないから、
カテーテルが抜けたことで石も出て、ひどい痛みを起こしたりすることもなく済んだ、
ということのようだ。

石ができて、カテーテルが押されて破損したのか、
カテーテルが破損して位置が動いてしまったために、石がへんな場所に入って育ってしまったのかわからないけれど、とにかく体への負担はかなり少なく解決できたようでよかった。


ALSで身体が動かせない状態というのは、動けないことそのものの不自由もあるのだが、
それに伴ってさまざまな身体のトラブルが起きてくるということでもある。

結石も、立って動いていれば小さいうちに流れてしまうものが、
ずっと横になっているために大きくなってしまうと思われる。

実際、夫も仕事に行かなくなってひと月くらいたったころに、
夜中にひどい腹痛を起こし、救急車で病院に行ったことがある。
その時は、石は見つからず、結局結石だったのか憩室炎だったのかわからなかったのだが、
それ以降、尿道カテーテルを使うようになったのだった。

カテーテルを留置していると、それそれで今度は感染の心配があったり、
それに対応する抗生物質をあれこれ試したりと、これまでもいろいろあった。

今年に入ってからはほとんど問題なく過ごせていたので、
今回の結石にはちょっとびっくりだった。

2014年8月3日日曜日

真夏の障子張り

親の家に住んでいたころは、障子張りは私の仕事だった。
小学生のころははがして枠を洗うところまで、紙は母が張っていたが、
中学くらいからは見て覚えたやり方で、一人で全部やっていた。

思い返せば、はがすタイミングも自分の好きなときにやって、母が夜遅く張る羽目になったり、
糊を煮ていてなべを焦がしたりしたこともあったけれど、
母にそれで小言を言われたことはなかった気がする。

今の家には和室は一間。ベランダ側の大きな窓2枚と、裏に面した腰高窓2枚だから、
大したことはない。手順も慣れているから、やろうと思えばすぐなのだけれど、
夫の病気のこともあり、時間がなく、おととし、去年と、年末の張替えはできなかった。

そうこうしている内に、腰高窓の一マスがぺらぺらと浮いてきて、
いよいよまずいことになってきたので、いよいよ張り替えることにして障子紙と糊を買ってきた。

梅雨明け前の涼しいうちにさっさとやっておけばよかったのだが、
なかなか時間が取れないままに先週になり、
金曜日に決行することに決めた。

朝起きると、猛暑。
和室にエアコンはない。張った障子に汗が落ちては元も子もない。
さらに、リビングから運び込んだテーブルやら、夫が使っていた風呂用の椅子やら、
所狭しと物が置かれていて、張り替えるスペースも、厳しい。

やめようか、と、一瞬思ったけれど、
腰高窓だけ何とかやってみることにした。

二階の踊り場に新聞紙を敷き、はがし始めて気づいた。
そうだ、昔どおりに一段ずつ張り替える方式にすれば、
立て掛けるスペースがあれば張れるのだった。
しかし、既に一枚ものの紙を買ってあるし、何と言っても手間が少なくて楽だ。
これでいくしかない。

和室に置かれたものを寄せて、なんとか枠を寝かせるスペースを作って作業。
テープで紙を仮止めしてから糊を置き、一気に張る。
2枚目のとき、張る段になって仮止めのふちを引っ掛けてしまい、やり直しになったけれど、
なんとか完成。

結構手際よくできたので、勢いで大きいほうもやろうかと思ったけれど、
この暑さの中無理は禁物。もう少し涼しい日に送ることにして、
ぺらぺらが解消されたことでよしとした。

以前うっかり閉じ込めた静の爪あとがついたほうは、いつやろうかな。。。





2014年7月25日金曜日

ひっっっっさしぶりのミロンガ

家庭の事情でなかなかミロンガの時間帯に外出することが難しい今日この頃。
タンゴのレッスンにしても、5月にアナリア&マルセロのクラスに出て以来、
ケンリリ師匠のレッスンにも行けていない。

家ではよくタンゴがかかっているので、時々静を捕まえて踊ったりして気を紛らわしている。
(え、猫とどうやって踊るかって、それはひ・み・つ (^_-)-☆)

今週はじめ、今日の午後地元でミロンガがある、とFBで告知があった。
今年のアジア大会ステージ部門で優勝し、まもなくブエノスでの世界大会に参加する
マルティン&ユカの壮行を兼ねたミロンガが14時~18時、関内で。

金曜日の午後は19時ごろまでナースやらヘルパーやら療養マッサージやら来るので
夫が一人になる心配がない。

やった~!ミロンガに行ける!

去年の夏、1回くらいはミロンガに行けるだろうとユ○クロで買ったものの
結局出番がなかったワンピースをバッグに入れて、猛暑の中出かけていった。

平日の午後、しかもこんな暑い日にどんな酔狂な人が踊りに来ているかと思ったけど、
以前、このお店が別な場所にあったとき毎週土曜日に開かれていたミロンガや、
他の横浜のミロンガの常連さんたちと、久しぶりに会うことができた。

ずっと踊っていなかったけど、立つこと、歩くことは日ごろ気をつけていたし、
もちろん音楽は毎日聞いているから、「久しぶり」という感じもなく、
普通に踊りを楽しむことができた。(*^^)v
静との練習の成果か、以前はいまひとつリズムに乗り切れなかったミロンガが
とても楽しく踊れたので嬉しかった。

マルティン&ユカのデモも気合が入っていて、世界大会への盛り上がりが感じられた。
この暑い日本から冬のブエノスに行くのは大変だけど、
体調に気をつけて、のびのびと実力を発揮して欲しいものだ。
(あ~いっしょに写真とればよかった)

終わって外に出ると、なんだかなじみのある空気感。
ああ、そうだ、かつてのドヨービ・ミロンガの帰り、この道を通っていたんだ。
夏の夕方の、こんな光の中で。

と、私の気分と周りの雰囲気に微妙なずれがあることに気づく。

そっか、きょうは金曜日だったんだね。(^^ゞ
皆さんお勤め、お疲れ様。

2014年7月12日土曜日

Watching out for cholesterol コレステロール注意報

It's been a while since my doctor first pointed out that my cholesterol figures are on the high end.I've been avoiding fried food, cream, butter eggs, while trying to eat more fish and soy bean ptoducts.I even began taking some suppliments made with fish oil to enhance EPA and DHA.

Generally, it worked, and my numbers went back and forth across the border line.But last month's figures turned out to be the worst ever. 

I know why. 
We had a birthday party.  Then, there was antoher friend who came over with some cake, even though I had been publicizing that I stopped eating cakes.  There was also a free birthday desert at Denny's which turned out to be 3-layer pancakes. 
I didn't expect to get a blood test at the end of the month. 

Even though the reasons for the high figures were obvious, the doctor said the numbers have always been on the high side, which is not a good idea at my age.
So, I started taking medication to reduce cholesterol absorption.  When there are various opinions about cholesterol levels, I'm not too excited about it.  If the medication allows me to eat anything, that would be nice, but that isn't the case.  Will see how this works.

コレステロール値が高い、と最初に言われたのはいつだったか。
以来、揚げ物や卵、クリームの類は避け、青魚や大豆製品を増やし、
EPA&DHAのサプリも摂ったりして、上限値をはさんで行ったり来たりを繰り返していたのだが、先月の血液検査で数値が今までで一番高くなってしまった。

理由ははっきりしている。誕生会があったり、別の日に来た友人がケーキを持ってきたり、
行きつけのファミレスでバースデーデザートがただでもらえて、
これまではチーズケーキにちょっと飾りがついてるくらいだったのに
今年はなぜかパンケーキだったり。

その直後に「血液検査」と言われる予定ではなかったのだ。ちっ

とはいえ、平常範囲内に収まるときでも、かなり高い数値であったことは事実で、
この歳で高いレベルを維持するのはよくない、ということで、
コレステロールを下げる薬、と言うのを処方された。

コレステロールに関しては、さまざまな意見があり、
どこまでが許容範囲なのか、個人差はどこまでみるべきなのか、
まだよくわからないので、あまり薬には頼りたくない。
今数値が上がっているのも、この2年、時間のやりくりが難しくなって
運動不足になっていることも背景にあると思うし。

薬を飲んでいれば何でも食べていい、というならいいけど、
そうでもないのが残念だ。

2014年6月28日土曜日

胃ろう問題

たまにはALSネタを。

ALSという病気は、筋肉が衰えていく病気で、早い段階で嚥下困難になるケースもあれば、
呼吸筋が衰えることで食事をするのが難しくなることもあり、胃ろうを造るのが普通である。

夫も、2012年3月の診断の時点で呼吸が平常値の60パーセント余りと落ちていたので、
6月には入院して胃ろうを造った。
すべての食事を一気に胃ろうからの経管栄養剤に替えたわけではなく、
食べられるときは口から食べて、時間がないときや疲れたときは胃ろうで、というかたちで
回数が上下しながら、今は、朝、昼と、夜私がいないときは経管栄養、
夜いるときは、少しだけおいしいものを時間をかけて食べた後、栄養剤にしている。

胃ろうには、バンパー型という樹脂のストッパーを使用していて交換が半年に1回でよいものと、
バルーン型といって小さな風船に水を入れてストッパーにする形で4~6週で交換するものがある。
バンパー型は病院で交換しなければならず、バルーン型は訪問診療で交換できる。

夫は最初はバンパー型にしたが、次の交換に病院に来ることは困難と考え、
半年後の交換時にバルーン型にして、その後は訪問診療で毎月交換してきた。

今年の4月になって訪問医から、バルーン型の誤挿入による重大事故の報告があり、
内視鏡による確認が推奨されたが、自分のクリニックではその体制がないので、
次からは入院してバンパー型に替えて欲しい、と話があった。

そして5月になってメールで提示された選択肢は
胃瘻を半年1回の交換で済むバンパー型のタイプにして、半年1回病院で 
1)日帰りでの交換、 
2)1泊2日の入院での交換、 
3)数日間の検査を兼ねた入院での交換、
4)レスパイト入院と組み合わせた入院
というものだった。

私たちは、今の訪問医が担当になったときに、
訪問医、訪問看護、介護のスタッフが集まってミーティングをして、
夫の看護、介護についての基本方針を確認しているのだが、
そのときに「いかなる入院も望まない」という話もしていた。

それなのに、こちらの希望などお構いなしに、
市の診療所のネットワークの提案を、そのままただ提示してきたことに大層がっかりした。

この訪問医は夫が在宅になって二人目なのだが、
一人目の医師は夫に
「あなたは自分がどうしたいか遠慮せずに言えばいい。それをみんなが実現するから」
と最初に宣言し、基本姿勢がはっきりした人だったのだが、
あとで聞いた話では、その医師はポータブル内視鏡を購入し、
今までどおり在宅でバルーン型の交換ができるようにしたとのこと。

今の訪問医にその気がないからと言って、
上の提案を「はい、そうですか」と受け入れるわけにはいかない。
私たちの意向を尊重して欲しい旨を改めて伝え、何度かプッシュして
内視鏡を使える別のドクターが、胃ろうの交換のみ担当で来てくれる事になった。

フタを開けてみれば、その医師は訪問診療に力を入れたクリニックの経験が長く、
標榜している専門は呼吸器と内分泌系なのだが、胃ろうについても指導する立場にあり、
詳しい情報を持っていて説明もとてもわかりやすい人だった。
うちに来てくれている介護ヘルパーさんたちは、他のALS患者の仕事もしているのだが、
ヘルパーさんによれば、彼女たちが担当している患者さんたちは
みんなこのドクターにかかっている、とのこと。

うちでお世話になるのは胃ろう関連のみだが、
ALSのこともわかる医師が結果的に二人つくことになり、なんだかよかった。
今月半ば、第一回の交換も順調に終わり、結果オーライ。

うちはそれでよかったのだけど、他の人はどうだろう。
先に訪問医の示した杓子定規な提案について、他の患者さんはどうしたのか聞いてみたら、
8割がたそれに従った、という。
胃ろうをしていても体力があって外出もしている人もいるのだろうけど、
そうではない寝たきりの人が、医師に反論できずに従って、
担架で運び出して入院して、痛みを伴うバンパー型の交換を強いられているとしたら
ずいぶんかわいそうなことだと思う。