前記事がマイホーム・ライブのご報告なら、こちらは個人的反省記事。
私の担当が司式のほか賛美歌ソロ1曲、じゅんこさんと輪唱1曲、
じゅんこさん、谷本さんと3人の歌に徹さんのベースが入る四重唱奏2曲と決まり、
そろそろ練習を始めようした10月末、はたと気づいた。
そういえば、聖歌隊を離れてもう4~5年になる。
しかも、終わりのほうは指揮が多くて自分では歌っていなかった。
礼拝に通っていれば、毎週5~6曲は歌っているけど、それも今年に入って休んでいる。
歌えるのか?
久々に声を出してみると、かつてFisまでらくらく出ていたのが、Eもやっとという感じ。
練習にさける時間は限られるけど、毎日少しずつ声出ししていかなくちゃ。
前半2曲はよくわかっているから大丈夫、合唱の音取りだけしっかりやろう、
と決める。
合唱曲は2曲とも、現代の賛美歌を合唱にしたもの。
1曲はこの編曲で歌ったこともあるが、
今回はメロディーをしっかり出してもらうためじゅんこさんがソプラノ、
私は慣れないアルトなので、改めて勉強し直しだった。
合唱の場合、アルト、テナーの中声部は、取りにくい、覚えにくい音がよくある。
すらりといかないところはキーボードで確認しながら何回も練習して身体に入れた。
直前になって、他のパートを弾きながら歌う、という練習をしたら、
難しくないと思っていたところが曖昧になってしまい少々慌てたが、
夫も「アルトはなくてもいいようなもんだから」と言っていたので、
まあ、落ちこぼれたらそのときのこと、ごめんなさいだなあ、とのんきにしていた。
当日のリハ。谷本さんが、まず合唱の2曲をやりたいという。
「不安なところが。。。」
谷本さんでもそうなんだ、とちょっとほっとする。(←間違った反応である)
実際、テナーのパートはとっても複雑な音になっていて、
そこへ持ってきて、本来助けになるはずのアルトがふらふらしているから、
谷本さんが合っていても、そう聞こえないため、何度も確認することに。
ごめんなさい。。。
さらに、じゅんこさんの声質が、クォリティーという意味ではあちらがぐっと上なのだが、
キャラクターという意味で私ととても似ていることがわかった。
だから、カノンはとっても楽しいのだけど、
ハモる時はついついじゅんこさんの声につられてしまうのだ。
まずい。。。聞かないように聞きながら歌わなきゃ。
そして本番。
教会の礼拝の司式であがったことなどないのに、妙にどきどきしている。
そうか、司式もかれこれ3年くらいやってないかも、
それにしては準備足りなかったかも、と今頃思ってもどうにもならない。
どきどきのまま突入。案の定、ソロで歌う声も出ない。
プロのお三方は、さすが、タンゴも、南米の現代賛美歌も
しっかり自分たちのものにして演奏していく。
谷本さんの楽しい説教も終わり、いよいよ合唱。
先ほど練習した箇所に来ると、谷本さんが迷いのない声でぴたりの音を出す。
プロだ。
プロというのは本番でちゃんとやってなんぼ、の世界。
そこに到達するために、できないところはできるようになるために練習する。
歌にせよ、ヴァイオリンにせよ、できないところはできるように練習するものだけど、
できないところをできないままに、闇雲に練習していると、
それは「できない練習」になってしまい、「できない」がどんどん固定化するから、
ちゃんと「できる練習」をしなければならない、とは、夫とよく話すことだ。
さっきの谷本さんの練習は、まさにそれだったのだなあ、と改めて感心する。
そこへいくと私は、「できなくてもみんなの邪魔にならなければいいや」
くらいの甘えがあったのだと思う。
確かに、演奏のほかにいろいろ気を配らなければならないことがあって
気持ちに余裕はなかったけど、目指すべきところにちゃんと注意を向けていなかった。
それは、ご一緒してくださったみなさんに大変失礼なことだったと反省している。
このメンバーと一緒にやれるなんて、ものすごいことなのに、
自分ちで気心の知れた仲間が集まってのイベント、ということで、油断してしまったのだ。
もっと全身全霊でぶつかっていけばよかったのに。
ああ、もったいないことをしたもんだ (>_<)
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